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奈良県大和郡山市(JR郡山駅すぐ)
  1. こころ。ほっと。かふぇ。
 

こころ。ほっと。かふぇ。


 

 

わたしの日々のこと気になったことなど気ままにおしゃべり感覚で綴るページです。







2017/05/23

本日、パステル和アート準インストラクター養成講座Bでした。



今日は「色とはなにか」について、多少勉強してから、描き始めました。

 

色は、「」「(色を反射する)モノ」「(色を反射するモノを)認識する

この3つがあって初めて、色として認識されます。

 

色そのものには「いい色」「悪い色」はないのです。

もちろん、色それぞれの特質、性質があります。

それぞれの色が持つ、その色自身の「働き」とでも言いましょうか。

 

色あい」は無限にあります。

色の明るさをはかる「明度

または鮮やかさの基準になる「彩度

 

この3要素から色を見ていくことができます。

 

 

まずは、自分がチョイスした一色だけで描く。



Kさん

 

夏が好きなKさんらしい、涼しげな色です。



わたし

 

なんとなく普段あまり手の伸びない、

茶系で遊んでみたくなりました。

 

次は、七色くじら

 

Kさん  

 

「高い波」を描いてみたかったそうです

くじらさんの身体を7色に分けるので、ちょっと手間がかかりましたが、

根気よく仕上げていかれました。

 

わたし

 

雲にオレンジ色を少し加えてみました。



今日は、最初の講義?に時間をとってしまったので、

次の1枚で〆ました。

 

最近の自分の体験で感じたことや、気持ちを色にしてみると…

というお題から入りました。

 

Kさん

 

Kさん自身は性格的には、激しいところもあるけれど

最近、穏やかにいられる瞬間もあって、その時の気持ちを色にしたそうです。

 


わたし

 

最近訪れた滝での、気持ちよい清々しさを色にしてみました。

 

 

 

一人で描いているのとは違って、

複数人数で描くと、どこか影響しあうことが出てくるように思えます。

 

Kさんは家に帰っても、気が向いたとき、

ちょっと楽しんでみたいとき、描いておられるようです。

 

自分自身と繋がるツールの一つとしての、色やパステル。

日々の生活の中ではどうしても、自分をなおざりにしがちですが、

ときには、パステルで塗り塗りで、自分を楽しませてあげる…

 

日々の生活の中で、そんな風に活躍させてもらえたら、パステルも喜びます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2017/05/12

3月4日のブログ記事(「日常を味わう 〜俳句健康法?」)

最近密かにハマっている俳句講座について、書きました。

 

早いもので、二十四節季の暦の上では、5月5日は「立夏」

連休中、日本全国で30度超えの地域もありましたね。

もう、夏です。

 

 

 

5月の会は、初めて「句会」形式で、

それぞれ参加者の方たちが、自分の句を一句発表する時間をもちました。

 

5月のミニ句会。

初体験、ドキドキ。

 

まずは、詠み手の名前は伏せて発表します。

そして

みんなで句を寄せて発表したあと、

自分が一番いいな、と思う(自分が読んだ句以外の)句に、

票を入れていきます。

 

えぇ...う〜ん...

「どれか一句に一票」と言われても、

どれもステキに思えて、選ぶのが結構ムツカシイ...

 

 

 

わたしが発表した句です。

 

 夏立つや 一枚岩の そそり立つ

 

わたしの拙い句を「いいな」と思ってくださった方もいらっしゃって、

素直に、嬉しかったです。

 

これは先月末訪れた熊野の「古座川・一枚岩」のことを詠んだ句。

新緑も、古座川の流れも、一枚岩の前で過ごした時間も、

エネルギーが身体にしみわたるようで、素晴らしかった。

そんな感覚も思い出して、詠んでみました。





わたしはまだ、俳句を学び始めたところですし、

決して上手には詠めないのですが、

俳句の時間を楽しみにしています。

 

まず

俳句の世界には、豊かな季語がたくさんあって、

この季語を知ると、さらに自分の季節感が豊かになる気がして、楽しいのです。

 

そして

日常の生活や体験の中で、自分がふと感じたことを

どのような言葉で表現できるんだろう...

そのことをあれこれ、考えてみるのも楽しい。

 

さらに

仲間に聞いてもらって、あれこれ思いつくままに

語り合えるのも楽しい。

講師の倉橋みどり先生の解説話も、ユーモラスで楽しい。

(あ、もちろん、‘的確に’俳句のご指導もいただけます!)

講座では毎回、笑いが絶えません。

 

実は、4月の講座でわたしは、

春の夕焼け空に「雲が立っている」光景を面白いと思い、

どうやってそれを詠めばいいのか、四苦八苦していました。

 

どうもその時のことを、他の参加者の方が覚えていらしゃって、

今回(5月)のわたしの句と共に、

「梅村さんは「立つ」方向が好きなんですね!

 雅号を、梅村垂直って言うのはどう?」

なんて冗談も出て、大笑い!

 

因みにわたしが自分で考えた雅号は

月笑子(つきにこ)なんですよ。

 

まぁ

梅村垂直、もなんだか雅号っぽくっていいかも、

とも思えてきました。

 

お読みいただき、ありがとうございます。

 




2017/05/03

 

ご縁をいただいて、先月に引き続き再度、熊野を訪れました。

 

わたしが触れさせていただいた場所は、熊野でもまだまだほんの一部だけれども、

すでに妙に、熊野の魅力がわたしに流れ込みつつある感じ。

 

この地で、荒ぶる自然にまみれる経験をしていないから、

穏やかな熊野しか知りませんが、

 

光も、風も、水も、緑も豊か。

海の幸も美味しい。

 

去年、遍路旅で訪れた四国と、どこかしら繋がるものがあります。



 



熊野三山は有名だけれども、それ以外にも、

社殿もない神域として、信仰の対象とされてきた場もたくさんあります。







 

小賢しいひとの企みなど、たちまちに見破られ、

自然の前には、素っ裸になるしかない…

 

そんな太いエネルギーが満ちている

 





 

 

 

 

今回は、なんというタイミングでしょうか、

熊野本宮大社の一日の月例祭に参拝することができました。

 

 

 

ここの九鬼家隆宮司は気さくな方でした。

お話がなかなかに面白く、中でも心に残った言葉は、

 

祈りの深みにはまると、自分自身の姿を見失う

というものでした。



日々の地道な営みを大切にすること

喜ぶこと

感謝すること

分かち合うこと

真心をもって、人に接すること

 

こんな素朴なシンプルなことが、

自分自身の姿を見失わずに祈る、ということ

なのではないかな…と思えてくるのです。

 

自然の中に立って、光を感じ、風の音や、水の流れを聴き、

磯の香り、樹の香りを嗅ぎ、岩の大きさ、海の広さに驚き、懼れる…

 

自然の中に映る、自分自身の姿を観るとき、

素朴な祈りの元型が見えてくる気がしました。

 

 

 

 

濃くも豊かに仲間と共に過ごした3日間

感謝です♡

 

 

 

旅の終わりの車窓から見た夕陽も

素晴らしいものでした。

 

 

 

 

 








2017/05/02

 

先週末は「奉納と祈り IN 古座川峡」というイベントに参加し、

ボイスアートの仲間と共に、熊野の地を訪ねておりました。

 

熊野の地は昔から、磐座(いわくら)や、樹木、滝などの自然を祀る、

自然崇拝の信仰が脈々と受け継がれてきた場所でした。


このイベントの発起人、須賀洋治さんがご自身のブログで

その由来を書いておられます。

 

平成23年、熊野を襲った台風12号は、同地に甚大な被害をもたらしました。

須賀さんが生まれ育った熊野を、なんとか復興させたい。

その想いで始められたとか。

 

須賀さんはお仕事の傍ら、観光熊野ではなかなか知りえない

「裏熊野」のガイドをしておられます。

そんな須賀さんが主催されるからこその、イベント。

 

参加者全員に用意してプレゼントされた「無患子ブレス」

無患子の黒色に、パワーを感じます。



前日29日、

熊野三山のひとつ那智大社・青岸渡寺でのご奉納にはじまり






当日30日、

土地に住む人々が営々と護り続けてきた、

自然崇拝信仰としての社殿もない神域での、ご奉納。

 

 

 

 

もともと、「表現する」ということは、

この世に生きる人間が、この世で生を受け生かされていることへの感謝と真心をこめて、

神さまへ奉り納める…その行為であったと、このような場に立つと合点がいくのです。



 

 

 

なんせ今回は、80名もの参加者がおられたそうです。

主催の須賀さんの前日までの用意や、当日のイベントの采配ぶりは大したものでしたが、

それに加えて、スタッフの方々の協力や、

迎え入れてくださるその地域の住民の方々の受け入れがあってこそのイベントでした。

 




本当にご苦労さまでした。

そして、数々のおもてなしをありがとうございました。

 

このような、豊かで奥深い場に触れることができて、

心から嬉しく思っています。









 


2017/04/26

昨日は、Kさんとの「パステル和アート 準インストラクター養成講座」2回目でした。

 

朝に何げにネットを見ていたら、こんな記事が(リンク貼ってます)...

《突然、ネット掲示板に現れて投稿された『鬱の治し方』が大きな反響を呼んでいる》

 

↑記事の内容は「パステルを描く」ということと、直接関係のある話ではないです。

が...

この記事で推奨されている、ある「簡単なやり方」の原理が、

右脳を使え!ということなんです。

 

普段、わたしたちは考えたり、なにかを判断したり、評価したりということは、

左脳を使ってやっています。「論理脳」とか言われていますね。

 

ただし、左脳ばかりを使いがちだと、

心身のバランスが崩れてしまうのですね。

 

そして

パステルを指を使って、ただただクルクル、

難しいことは考えずに、色と遊びながら描くことに集中する

 

それは

まさしく、右脳を使うことなのです。

 

...と、我田引水のような話ですが(苦笑)、

よろしければ、上記のネット記事の内容も面白いので、読んでみてください。

 

さて、本題

Kさんとの講座2回目は、「1分間アート」からはじめました。

 

花、葉っぱ、背景の色の3色だけあらかじめ選んで、パステルを削っておきます。

そして、1分間で描く!

 

  え〜、わたし

 そんなの、早く描くなんて、苦手です〜っ

 

と、尻込みしてるKさんを説き伏せて(笑)

 

 よ〜い、スタート!

 

この「1分間アート」の目的は、

1分間という制限時間の中で、頭で考えている間を与えずに、

とにかく描く、塗る...こんな瞬発力を養うところにあるのかな。

 

 

 

 

上の絵が、Kさんのチューリップ

「なんだか子どもが描いたような絵になってしまって...」って言われたんですが

あらためて拝見すると、色の塗り具合も、線もやわらかくてステキ。


(わたしのチューリップの方はまだ開き始め、みたいなちょっと固い感じです...)


子どもって本来、あれこれ頭で考えて何かやるのではなくて、

自分がやりたいことをのびのびやる、その天才ですよね。

その伸びやかさを、大人になってもどこかに持ち続けていたい、と思うわたしです。

 

頭であれこれ考えないと、

自分が思ってもみなかった表現になる

これも、表現するときの楽しみのひとつです。

 

昨日は、1回目の「季節を描く」の続き

 

 

 

 



そして「自然を描く」

 

 

 

写真で見た二重の虹を描きたいと、

Kさん、虹を2本描くことに挑戦されました。

 

そうそう

2重の虹を見ると、願い事が叶う、とか。

 

自分が空っぽになったとき想う「喜びを感じる願い」は、

きっと叶っていく...

 

そんなことも、最近強く感じます。

次回の時間も楽しみです。

 

 





2017/04/23

 

もう桜の時期は終わったかと思っていましたが、

雲ひとつない青空広がる本日の会場前の広場には、

まだまだ満開の桜が咲いていました。

 

本日も月例のボイスアートグループレッスンを開催しました。

 

初めての方もおられましたので、

ボイスアート独自の呼吸法から、笑いのワーク、アホーのワーク、

「にゃににゅにぇにょ」遊び、そして声のキャッチボールなど…

 

シンプルな呼吸法で、リラックス。

「自分の息を聴く」と決めて、しっかり聴くこと。

 

一見アホらしいワークで、「空っぽ」になる、

ここはとても大切なポイントです。

 

自分の中に「自分にとってリアルなイメージ」をもって、

そのイメージから、声を出してみること。

イメージを大切にするのも、ボイスアートの特徴です。

 

ボイスアートでは「なりきったもん勝ち」なのです。

「なりきって」フルに遊べると、ボイスアートの効果が現れやすいです。

 

とは言うものの、

あるひとが「なりきれない」…ということにも、

そうなる理由(わけ)があります。

 

無理矢理に「なりきってください」「なりきらねばならない」

という話ではないのです。

 

ボイスアートには修行性はありませんので、

自分にとって一番、居心地がいい、と感じられていることが大事です。

 

評価・競争がない

他人と絶対に合わせない

自分の声に責任を持たない

 

このルールを徹底して行ってみると、

安心、美しい調和、その人らしさが現れるのです。



 

〜 本日の参加者の感想 

 

・すごく素敵でした。ボイスで楽しむことを思い出した感覚です。

 わくわくする気づきがたくさんありました(*^^*)



・久しぶりのともこさんのボイスアートグループレッスンでした。

 心地よい時間がゆったりと流れていきました。



・「声のキャッチボール」は初めてでしたが、なかなかよかったです。

 

・安心してワークできました。



・自分のために、自分の息と声に耳を澄ませて聴いていると、

 心が整ってくる感じがしました。



・自分がここに居る、ということが本当にありがたいことだ、と

 嬉しさで満ちました。



・日頃はあまりそのような事を考えませんが、成りきると声が楽に出ますね。



・家に帰っても「にゃににゅにぇにょ遊び」で口を動かすことをやってみます。

 

・声のキャッチボールでは、普段の自分の会話に気づきました。

 「(話を)聞いていない」と思われていたかな、という反省と

 気をつけようという気持ちになりました。

 

 

遠いところから来てくださっているかた、

久しぶりのかた、常連のかた、初参加のかた、長い期間受講くださっているかた。

今日もみなさま、ご参加いただき本当にありがとうございます。

 

わたしはボイスアートによる呼吸することの気持ちよさ、

あるいは

アホらしく見えるけど、空っぽになれる声遊び…

 

これらをご参加いただくみなさんと、

一緒に楽しみ、いろいろ分かち合うことが、

本当にわくわくするし、豊かだし、大好きです。

 

来月は、月例【第51回ボイスアートグループレッスン@なら】

 

5月28日(日)13:30〜15:30

ギャラリーと学びの町屋月眠」にて

 

開催予定です。

 

よろしくお願いいたします。

奈良で、お待ち申し上げております。

 

 

 

参加者のお一人が、わたしの写真を撮ってくださいました。

自分では自分を撮ることはできませんから、嬉しいです♡





















2017/04/21

 

昨年1年間、自分自身のブラッシュアップも兼ねて、

《第3期 ゲシュタルト療法トレーニングコース(ゲシュタルトネットワーク関西主催》を、

受講して、先日修了しました。

 

まずは1年間、この場を用意してくれた「かずりん」こと白坂和美さんへ。

ありがとう、そしてご苦労さまでした。


1年間全12回、毎回違うファシリテーターをむかえて、グループで学び合う場。

ここに来ていただいたファシリテーターのみなさんにも感謝するとともに、

また、1年間ともにいてくれたメンバーにも、

それぞれのひとの歩みに触れさせていただく時間であったことにも、感謝です。

 

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ゲシュタルト的な視点や関わりの特徴として、

身体と心を一元的に捉えるということがあります。


どういうことか、というと

心の表現は、「今ここ」の身体の表現となって表れる

ということなのです。


ゲシュタルトのアプローチは、徹底的に「今ここ」を観ていきます。


過去に○○だった...というようなことも、

現在形で「今○○である」として、語ってみた時に

 

あらためて

 

 ・どんな感じが今自分の身体の中で起こっているのか

 ・どんなことに気づくのか

 ・自分はなにがしたいのか、

 ・自分はなににストップをかけているのか


これらを丁寧に感じていきます。


普段なら、見過ごしそうなことも

ゆっくりと、とどまりながら、とても丁寧に。


特別な、安全な場だからこそ、

日常生活では、意識しないこと、見ようとしないことを

意識に上がらせて、気づくことができる。


そしてグループで行うからこそ、

他者の気づきは、その場にいる他の人々自身の気づきにもリンクする

ということが、再々起こります。


無理やり変化を起こそう、というのではなく

今ここで自分に起きていることの「ありのまま」に気づく

その瞬間から変化が始まる、というミラクルもたくさん見てきました。


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いやぁ

盛りだくさんな1年間だったなぁ...


ゲシュタルトトレーニングで学んだことを、

これからの仕事や、そしてなにより自分自身の生きる時間に役立てたい、

という思いを新たに、修了後の時間を味わっています。

 

感謝(*^^*)

 

 



 

 

※ 最終回の模様をもう少し詳しく読みたい方は、コチラ




2017/04/11

 

3月にパステル和アートの体験をいただいたKさん。

 

準インストラクター養成講座を受講いただくことになりました。

昨日は、第1回目。

 

「絵を鑑賞することは好きだけれど、

自分が表現すること、絵を描くことなんて、芸術なんて絶対ムリ!って思ってました」

とおっしゃるKさん。

 

そもそもはテレビ番組で、パステルで絵を描いているところを観て、

これなら自分にもできそう…って思われて、たまたま当ルームの講座に行き当たったそう。

これもご縁ですね。

 

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当ルームでは、パステル和アートで絵の描き方を学び、楽しむとともに、

描きながら、描くひとが「ご自身そのものとの出逢い」の時間になるように、

サポートをさせていただけることを、目指しています。

 

’芸術’として、その時代の世の中に評価されるものとして、

どんな評価をもらうのか、そこが勝負、確かにそんな領域はあります。

例えばゴッホは現代でこそ、その作品にはものすごい値がつきますし、

高い評価を得ている芸術家です。

 

しかし

彼が存命のときはその評価は低いものでした。

 

ゴッホは自分自身の生きる道として、他でもない自分自身の表現として、

描くという方法が持てていたことからこそ、

生きることができたのではないかとわたしは思います。

 

人によってその表現方法は様々でしょうが、

わたしはその人の生き様そのものが、表現だし、アートだと、常日頃そう思っています。

 

芸術療法、アートセラピーという言葉があるように、

確かに’表現’することで、ひとにもたらすよい効果があるのです。

 

言葉での説明をしなくても、自分の表現したいように表現できるし、

心の中にたまったものを表現すると、心がスカッとして気持ちいいし、

’今まで気づかなかった部分の自分’にあらためて気がつき、そのことで自分が豊かになれる

 

この場合の’表現’は、他者の評価されるジャンルとは別物の、

まったくオンリーワンなそのひと独自のもの。

 

みんな違って、みんないい。

 

そういった種類のものなのです。

 

わたし自身、過去にそして現在、

絵を描くことで、自分自身が癒され、救われてきた経験があります。

 

それは

他者の評価を求めてする表現ではなくて、

自分のための、自分自身の表現をするという意識で、行ってきたことでした。

 

Kさんとの時間が、Kさん自身が今まで以上に豊かになっていかれるような

「希望と喜び」の種蒔きの時間になることを願って、これから進めていきたいと思っています。

 

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昨日は他に、四季の中の「春」「夏」をテーマに、

パステル和アートの手法も学びながら、描きました。

 

「春」

 



「夏」

 








2017/04/10

 

 

いろんな事情があって、一昨日やっと義母の納骨を終えた。

 

実は納骨に立ち会うのははじめてのことで、

今回、はじめてお墓の構造を知ったのだった。

 

地域や従う宗教の流派によって、そのスタイルも様々なのかもしれないが、

ウチの場合は、墓石屋さんから「土に還る素材で’納骨袋’を縫うように」との指示があり、

そのようにさせていただいた。

 

墓地は町中にあり、便利はとてもいいし、

普段は管理してくださる方がいるので、いつも綺麗に清掃されている。

 

義母の納骨のために、墓石を動かし、中が覗ける状態。

先に逝った方々のお骨はまだ土に還っていないものもあるけれど、

お墓の中は土が見えている。

 

町中の墓地なので、普段はそんなことを意識したこともなかったけれど、

大地に還る、土に還る…まさしくそうだな、と思った。

 

義母のお骨は納骨袋に収めて、

先に逝った方々のお骨の上に、そっと埋葬させていただく。

 

折しも小雨がパラつきかけていた昼だったが、

お焼香をあげようと手を合わせる段になったら、ぴたりと雨が止んだのも、

まことに不思議なタイミングだった。

 

義母が逝ったのは穏やかな秋晴れの秋分だったが、

あの日の空をふと思い出したのだった。

お義母さん、安らかにおられますか。

 

納骨がすんで帰る道々、夫がポツリと言うのだ。

 

 − 自分が死んでから後のことは、

     いかに自分のことと言えども、自分ではできないことだな…

 

ほんとにその通り。

 

最近、つくづく思う。

自分の人生は、大きな流れの一部にしかすぎない。

けれども、身体という形をこの世に与えられて、

与えられた大きな流れの一部を、感謝と喜びを通して、わたしを生きること。

これが、この世に生まれたわたしの「意味」かな、と。

 

大きな流れの「筋」を通し、わたしを嗣ぐ者や次世代へとまた、

感謝と喜びの流れを滞ることなく作っていくことに、他ならないのではないか。

 

この大きな流れの中で、

ひとは「自分ができないこと」を自分を嗣ぐ者や、次世代に託す。

託すひとへの「思いやり」と「感謝」の気持ちとともに…。

 

こんな気持ちが、連鎖していけばいいな。

 

こんなことを考えた、4月8日。

桜も満開に近い納骨の日でした。





2017/04/04

 

わたしが一昨年、昨年と、四国遍路でご一緒させていただいた清水章代さん。

 

彼女は「身体表現者」というパフォーマーである。

と同時に、ある意味「言葉」にも関わっているひと。

 通’フーテンの座敷童 Torako’と名乗って、

全国どこでも飛んで行く、まことにオモロイおなごである。

 

彼女が主宰する

「からだを楽しみ活かすワーク Haptmai-m ハプトマイムワーク」に時おり参加して、

自分の身体を通して、自分と向き合い、自分に気づく時間をもらっている。

 

彼女は以前、古武道を学んでいたそうで、

そのときの師匠から、’身体の使い方’を徹底的に教わったらしい。

 ’身体の使い方’というのは、日頃の彼女の話から、

「’自分’という意識の置き所をどこに見つけるか、その見つけ方」と、わたしは勝手に理解している。

 

身体を動かすワークを受けながら、常々よく彼女がワーク中に言葉にするのは、

「’自分’を他所(他者)へ持っていかれないように」

「’自分’を俯瞰している眼」

ということ。

 

他にもあったかもしれないけど、

わたしがよく覚えているのは上の2つ。

(ごめんね、物覚えの悪い生徒です、笑)

 

’自分’が他所(他者)に持って行かれたり、

’自分’を俯瞰している眼が働かないと、

身体の動きがギクシャクして、自然じゃなくなる。

 

言葉にすると、なんのことやら全然わからないですね(苦笑)

どういうことなのか、興味を持った方は実際に、彼女のワークを受けてみてほしい。

 

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ところで

一昨日は参加者が少なかったのだけど、そんな日だからこその時間になった。

 

彼女は3.11のあと東北の大槌町の地域や人々に関わっていて、

その関わりから、産み出してきた方法なのかな。

 「kongensan」 (こんげんさん、根元さん?根源さん?)という自分カードリーディングセッションを行う。

 

一昨日はそのkongensanを体験してみた。

 

カードリーディングといっても、別に占いカードのように決まったカードがあるわけではない。

紙切れに、自分の中から出てきた言葉を書き出していく。

自分で書き連ねた言葉、それがカードになる。

 

それらのカードを並べてみたり、組み替えてみたり、

眺めてみたり、さらに新しい言葉を新しい紙片に書き付けて、自分の根元を探っていく。

「KJ法」というカードにアイデアや言葉を書き連ねながら、

概念や考え方やアイデアを整理していくブレーンストーミング法があるが、それに似ている。

 

章代さんは、座敷童子のように(笑)横にいて、

自分のカードリーディングをしているひとの見守り役である。

 

彼女自身も「自分を他所へ持っていかれない」ように「俯瞰」して

その場に居てくれる。

 

きっと彼女の居るスタイルというのは、

古武道とか、日頃彼女が自分の身体とのつきあい方や、

身体表現のなかで培ってきたもの、と大いに関係あるのだろうな…

 

だから

わたしが自分の中から出てくる言葉を、紙片に書き連ね、

話をしているその道筋とは違うところから、

急に「おっ!?」と思うような「問いかけ」が投げられる。

 

「問いかけ」というエサかもしれない。

彼女のエサの投げ方が、なかなかに絶妙なのだ(笑)

 

そのエサに食いつく魚は、また違う流れに乗る。

その流れのなかで、おっ!というようなものに出逢うことがある。

 

因みに

わたしは「’言葉’の役割」というところから始めたのだけど

 

・表面化

・そのひとの世界を浮き上がらせる

・’結果’とはその人が決めたとき

 

という拾い物をした。

 

多分、この拾い物は、

ひとりでは拾えないものなのだ。



上記の写真のように、

自分が思いついた言葉は紙片に書き留めて、視覚化しているから、

 

忘れ去られる、という心配がなく、安心していられる。

流れから外れて、違う流れに乗っても、

またもどってきたらいい。

一つの流れに固執しないから、自由だ。

 

頭の中にたまっている思考が外に表れて、頭の中がすっきりする。

 

思考の「穴掘り」をしない

言葉の渦に巻き込まれない

 

今回は体験30分の時間だったから、

あまり深くもぐった感じはなかったけれど、

kongensan体験は、身体を動かすワークと似た感じだった。

 

座敷童子・章代さんの自由な動きにつられて、

わたしも少し自由に、身体を動かせた…

そんな体感が残ったのでした。



章代ちゃん、ありがとうございました♪゜・*:.。. .。.:*・♪













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