*あなたがあなたらしくあるために、《ボイスアート》で「自分軸」を育てよう*
*あなたの心とからだの健康を全力で応援します*
*人間関係、トラウマ、セクシャルマイノリティ、性格、キャリア...など*
奈良県大和郡山市(JR郡山駅すぐ)
  1. こころ。ほっと。かふぇ。
 

こころ。ほっと。かふぇ。


 

 

わたしの日々のこと気になったことなど気ままにおしゃべり感覚で綴るページです。







2017/03/24

本日は、テレビのある番組でパステル和アートを観られたKさんが、

これならわたしにもできるかな…と興味をお持ちになって、

当ルームにお越しいただきました。

 

「絵を描くのは苦手」

「わたしは、絵を描けないんです」っておっしゃる方は多いです。

 

パステル和アートでは、パステルを削って粉にして、

指につけてくるくるくる…

絵を描く、というよりは、色で遊ぶという感じです。

 

誰かと比べて、上手く描けたかどうか…ではありません。

何点…というような評価もありません。

 

Kさんとは今日、はじめてお会いしましたが、

いろいろとお話をしながら、一緒にパステルを楽しみました。

 

パステルの扱い方を少し説明させていただいて、

まずは定番の「丸」から。

Kさんの「丸」です。





ハガキに春を…

 



豊かな大地に、苗木を植えるように。

豊かに育ちますように、と願いをこめて。

 

Kさんの若葉、とても深い緑で、エネルギーを感じます。

太陽の光を浴びて、大きく育て!

 

「芽ばえ」とタイトルを付けられました。

 



Kさんはご自身の近況をお話になりながら、

苗木の芽に、明るく光が当たる感じを表したかった、

とおっしゃいました。

なかなか美味しそうな大地の色が出たように、思います。



わたしの「丸」

タイトル「青と黄のデュエット」

 



タイトル「おしゃべり」




 

Kさんは、細かいことは苦手だけれど、

なにか創作活動がやってみたくてと、

パステルを体験しにこられました。

 

パステル和アートは、幼いお子さんからご高齢の方まで、

どなたでも気軽に、世界にただ一つのあなただけのオンリーワンなアートを、

楽しむことができます。

 

15cm四方の小さな世界の中で、

あなたがあなた自身と出逢い、あなただけのストーリーを、

パステルで描いていくことができます。

 

体験は約2時間で、2〜3枚(受講料 3000円)で受講できます。

 

また、もう少し体系的に学びたい方のために、

パステル和アート準インストラクター養成講座も、

おひとりから開講いたします。

 

詳しくは当ルームまで、お問い合わせください。













2017/03/21

 

昨日は、ボイスアートの考案者まやはるこさんを奈良にお迎えして、

【特別編・ボイスアートワークショップ1Day 〜 自分の息を聴く時間】を開催しました。

 

まやさんが、ご自分のボイスアートのワークショップでは繰り返し言われること

それは

食べることや排泄することと同様に、息(呼吸)をすることは、

ほかの誰でもないこの「わたし」にしかできないこと

 

息(呼吸)は「静寂の世界」からくる喜びと繋がっていて

「自分軸」そのものだということ…

 

昨日は、午前・午後の時間を通して、ゆったりと過ごしました。

 

「自分の息を聴く時間」を通して、

あらためて、「’自分軸’の息の道」を辿りながら、

自分の息は宝として、自らの呼吸を大切に扱うということを、

あらためて確認しました。

 

ボイスアートでは、生きている人なら誰でも行っている

息(呼吸)を通して、静かに自分の息や声を聴くことを楽しむ時間です。

 

ボイスアートでは、ウソのない正直な自分と楽しんでいく時間です。

コトバを使わな息や声は、草や木や風と同じですから、

ウソは存在しないのです…  (当日のテキストより)

 

 

 (ボイスアートマスターセラピスト まやはるこさん)

 

 

実は、静かに自分の息や声を聴くことを楽しんでいる…

このときほど、自分を大切に、自分自身に還っているときはないのです。

 

ひとは日々の生活の中で、いろいろ揺れ動きブレることもありますが、

そんなときこそ、静かに自分の息を聴く、

そんな時間をもって、ご自身の心を整えていただきたいものです。

それが、みなさまの身体と心の健康につながります。

 

午後は、ボイスアート体験が初めての方もおられましたので、

ボイスアートセラピーも体験していただきました。

 

お昼は会場の「月眠」さんの前にある『発酵薬膳料理 らふぁえろ』さんにて、

お野菜た〜っぷりのランチをいただきましたよ。

 

やっぱり、美味しいご飯は、心も美味しく豊かになりますねぇ…

こんな時間も外せませ〜ん♪゜・*:.。. .。.:*・♪

 

 

 

ボイスアート協会主催の1Dayのワークショップは初の試みでしたが、

これからもまた、折をみて静寂と豊かな一日を過ごすワークショップを開催できたら、

と密かに目論んでおります。





会場「月眠」さん近くの「瑜伽神社」の拝殿そばの梅の木。

開花はじまった桜もあるのに、日当たりの具合でしょうか、

まだ紅い蕾が膨らんでいるところでしたよ。



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今週末、3月26日(日)は月例の

【第49回 ボイスアートグループレッスン@なら】です。

まだ、お席があります。

 

どうぞ、春の奈良を楽しみがてら、

《わたし》を整え、楽しむ時間でご一緒いたしましょう!

 

 

お申し込みはコチラから。













2017/03/13

(↑丹倉神社の御神体の岩)

 

わたし的に濃い一週間でした。

 

週中は、ボイスアートの仲間たちと熊野1泊2日の旅。

熊野をガイドの須賀さんにご紹介いただきました。

 

なかなか、観光としては訪れることのない、

自然に囲まれた信仰熊野の場所をご案内いただいたり、

熊野の歴史についても色々お話を伺いました。

 

須賀さんは、熊野で福祉タクシーのお仕事をされながら、

観光熊野ではない、裏熊野の案内もしてくださいます。

(須賀さんのお仕事の模様は、コチラをクリック

 

(↑御神体の岩の前で、声による奉納)




(↑大馬神社の御神体の清滝)

 

 



こういった場所にご縁をいただくたびに、

この時間が叶っていることに、感謝と喜びをとても感じます。

 



(↑那智48滝の1つ、陰陽の滝)

 

奥深い信仰熊野の場を訪れることができて、

その場の空気や、時間や、昔からその地に住むひとたちが、

大切に守ってきたものに触れさせていただく…

 

わたしはなにか固有の宗教を信じているわけではありませんが、

とても神聖な大切なものに触れているように感じます。

 

いい意味でカラッぽになって、その場、その時間に、

感謝と思いやりを通す、ということ。

 

ひとが救われて行く道というのは、

ここにしかないのではないか、と思います。

 

そして、そのことと取り組む、という

「そのひとの覚悟」がなにより必要なのではないか、と。

その人自身が心から願わなければ、叶わないことなのですから。



そのあと、帰ってきてからの週末は、

「ゲシュタルト(百武正嗣)&フォーカシング(池見陽)のコラボワークショップ」に

参加させていただきました。

 

(↓宿泊先からの夕景)

 

ゲシュタルト療法もフォーカシングも、心理療法の場で使われるそれぞれのアプローチの方法がありますが、

自分と向き合うとき、自分自身の身体の声を大事にする、という点で一致しています。

 

このワークショップは、複数の参加者がともにグループで、

「個人のワーク」を分かち合いながら、学んでいきます。

 

わたし自身は、今回は自分個人のワークはできませんでしたが、

他の参加者さんの問題を、ゲシュタルトやフォーカシングならではの切り口で扱うその時間、

一緒にともにいて見ているだけでも、わたしの身体や心の中にもいろんな感じが湧きあがりました。

 

一緒に泣いたり、ちょっと苦しい感じがしたり、驚いたり、笑ったり、スカッとしたり、

そんな時間を過ごしていて、自分の中の自分と出逢う時間をいただきました。

 

「一番個人的な問題が、普遍的な問題だ」という言葉を、

2日間の最後に、池見先生が紹介されていました。

 

「その人の個人的問題」と見えることが、目の前で見せていただく「ワーク」を通して、

そうそうわたしにもそんなことがあるなぁ、と思ったり。

「自分の身体や心に起こる何か」は「自分が向き合う何か」と繋がっているのです。

 

 

もちろん、そのひとにとっての向き合うタイミングがありますし。

当然「向き合おう」というその人自身の意志覚悟がなければ、叶うことではありません。

 

時に、避けたい何か、あるいは身体に起こるその感覚…

それらと向き合うのは怖い感じもするし、勇気もいりますけれど。



実は、自分にとってマイナスだと思うことと向き合ってみること、

これこそが後のちの自分にとって「ギフト」になる。

これは、今のわたしは確信をもってそういうことができます。

 

そんな色々を感じるこの一週間でした。



(↑熊野の帰り道「橋杭岩」で。満月前の月)





















 

 




2017/02/28

 

春の足音が聞こえてきそうな陽射しを感じる毎日です。

 

写真↑はいつもギリギリセーフみたいなタイミングで登場していただいている

我が家のお雛さまです。

 

’転勤族’(今はこんな言葉はあまり使われないのでしょうか?)の家庭に育ったわたしに、

両親はこのようなお盆1つに乗るお雛さまを買ってくれました。

 

わたしが家庭を持った時に、わたしにいただきましたが、

それ以来、毎年いつも新暦3月3日ギリギリに登場して、

旧暦3月まで出ているお雛さまです。

 

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一昨日は、

月例2月の【ボイスアートグループレッスン@なら】を開催しました。

 

初参加の方もおられましたので、

ボイスアート独自の基本呼吸法を中心に、「アホー」の遠吠え遊びや、笑いのワーク、

そして最後は、工藤直子さんの「のはらうた」より『みんながうたう てんてんのうた』という詩を読んでみました。            

 

   *   *   *   *   *

 

もともと、「声」は「こころや身体」と関係ありそうだなぁ、というわたし自身の興味が、

7年前に出会ったボイスアートをもっと学んでみたい、と思ったきっかけでもありました。

 

最近は、

「声」のみならず「息(呼吸)」の状態に

あるいは

「息(呼吸)」する、というそのプロセスの途上に

 

その人自身の今の在り方が同時に表れるものだなぁ、

ということを非常に興味深く体験しています。

 

ボイスアートでは、

《他者に合わせない》で、《自分の息(呼吸)を丁寧に聴く》ということを

繰り返し、繰り返し、お伝えしています。

 

あまりにもあたり前すぎることなのですが、

自分が息(呼吸)することは、ほかの誰も代わって行うことはできません。

 

しかしながら、自分が自分の息(呼吸)をしている、ということを自覚して、

自分自身の《息の道》を辿っていくことで、

とてもシンプルに、とても明らかに、自分と向き合うことになるのです。

 

自分の息に耳を傾け、「自」分の「心」を聴くように、自分の「息」を聴くときに、

人によってはそれだけで涙が出てきたり、ということもあります。

 

また

なにか「息苦しさ」や「つっかえ」のようなもの、

あるいは「緊張」に気づくひともいるかもしれません。

 

あなた自身があなた自身の息を丁寧に聴くとき、

あなたに起こる様々なこと、あなた自身の《息の道》で出逢うさまざまな、...

ときには心地よさだけではなくて、居心地の悪さも、《本来のあなた》へと還る「扉」となります。

 

たとえ居心地の悪いもの、(どちらかというとネガティブな)さまざまな感情が浮上してきたとしても、

それらは決して「悪」ではありません。

 

ボイスアートというと「ボイストレーニングのようなものですか?」という質問はよく受けます。

その質問の根本には

  

  わたしはわたしらしく、緊張せずに話したい、歌いたい

  わたしはわたしらしく、表現してみたい

  わたしはわたしらしく、ありたい

 

きっとどんな人でも持っている、ひとの基本的な欲求が多分あるんだと思います。

 

「ボイストレーニングですか」と問われたら、わたしはこう答えます。

「トレーニングではありませんが、結果として同じような効果を得られることがあります」と。

 

実は、

トレーニング以上の、あるいは単に表現の技術が「上手になる」こと以上のことが、

ボイスアート、つまり《自分の息(呼吸)の道を辿る》ということにはある、とわたしは思っています。

 

もちろん表現の技術は「上手い」「下手」があったとしても、

「表現する」ということは、表現する「その人」自身、「その人がリアルに感じること」

つまり

「その人の生き様」を抜きにしては、なりたたないことだからです。

 

「そのひとが、その人の人生を生き(息)る」ということそのものが、

「その人が自分の人生をかけて表現しているアート」だから。

 

自分が本来、一体なにを目指して生きているのだろう?

そのことに気づくこと自体が、そのひとがそのひとらしく表現することに繋がっている

その先に「その人がその人らしく生きる道」が続いている、とわたしは思うのです。

 

   *   *   *   *   *

 

思わず、いろいろ語ってしまいましたが、

ボイスアートの時間では、あまり小難しいことは考えませんよ〜(笑)

 

リラックスしながら自分の息を聴く時間

そして

楽しく声遊びをしながら、自分のこころと身体を開放していく時間です゚♡゚



今月も、参加してくださったみなさま

わたしと一緒に遊んでくださって、ありがとうございました

♪゜・*:.。. .。.:*・♪



 

 ♡ 参加者さんの感想 ♡

 

今日はリラックス、あくびばかりでました

 

他人の話を聞いていて、ひとってそれぞれでおもしろいなって思いました

 

ボイスアートでリラックスしてから、詩を読んでみたら、うまく読めた気がします

 

初めのワーク(おじぎ呼吸法)で早くも身体がスーっと軽くなりました

 

重心がしっかりしたり、軸がシャキっとしたりして、気持ちよかったです

 

1週間、ずっとコールタールのように、真っ黒でドロンドロン、グダングダンにやさぐれた重い身体だったので、

 声や息を出すことで、身体の中に筒が通って、かなり軽くなりました。

 

 

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次回以降(3月、4月)の【ボイスアートグループレッスン@なら】は...

  

■日時  第49回 2017年 3月26日(日)13:30〜15:30

     第50回 2017年 4月23日(日)13:30〜15:30

    

■場所   ギャラリーと学びの町屋「月眠」(3月26日)、奈良県文化会館・和室「かすが」(4月23日)

 

■受講料 2500円(1回)  ※初級コース(6回)への振替できます

 

 

また、特別編【ボイスアートワークショップ〜自分の息を聴く時間】も開催されます。

 

■日時    2017年 3月 20日(祝) 10:00〜17:00

■場所      ギャラリーと学びの町屋「月眠」

■受講料 7000円(日本ボイスアート協会会員割引あり。ボイスアートワークショップに初参加で継続受講をご希望の方は、次回以降に割引特典あります)

■講師    まやはるこ(日本ボイスアート協会 ボイスアートマスターセラピスト)



です。

 

みなさまのふるってのご参加を、お待ちしております。



♪゜・*:.。. .。.:*・♪♪゜・*:.。. .。.:*・♪
























 





2017/02/20



何も知らない人が

 

一番いい

 

知っても忘れてしまった人が

 

一番いい

 

禅の話もいらぬ

 

念仏の話もいらぬ

 

ただお茶を飲みながら

 

鳥の声を聞いたり

 

行く雲を仰いだり

 

花の話などして帰ってゆく人が

 

一番いい

 

別れたあとがさわやかで

 

過ぎた時間が少しも惜しくない人が

 

一番いい

            (「一番いい人」 坂村真民)

 

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朗読の勉強を続けて、ずいぶんになります。

 

教材でいただくものの中に、

 

ときおり、とても素敵な言葉や文章に出逢うことがあります。

 

 

「過ぎた時間が少しも惜しくない人」

 

今日はこんな言葉に出逢って、なんかいいなぁ…って思いました。

 

知っても忘れてしまって、ただお茶を飲みながら、ただともに時間を過ごし、

 

別れたあとがさわやか。

 

あぁ、こんな生き方、素敵だなぁ...



ま、あと味にいろいろな味わいがあるのも、

 

また人生の醍醐味かもしれませんが。

 

でも、一番最期は「別れたあとがさわやか」

 

そんな風に終わりたい。

 

そう思ったことでした。











 

 


2017/02/06



今朝、なにげにネットを見ていたら、こんなツィート記事に出会いました。

 

【日本からあいさつが消えるかも!?とあるマンションの住人からの投稿が話題に・・・!!】


この記事の発端は、どうも昨年11月に神戸新聞に投稿された読者記事が、

きっかけのようです。

 

○「知らない人にあいさつされたら逃げるように教えているので、マンション内では

     あいさつをしないように決めてください」 (若いママ住人)

 

○「あいさつをしてもあいさつが返ってこないので気分が悪かった。お互いにやめましょう」(年配住人)

  

 で、どうもこのマンションでは、「理事会」でお互いの「意見が一致」したので、

「マンション内では挨拶をしない」という告知を出す、ということになったらしい。

 

う〜ん、なんとも言いがたし!

どこのマンションか知りませんが、もしこんな告知が掲示板に出ているマンションなら、

わたしなら、そこに住むことをためらうでしょう。

 

ここに住むと、隣でなにが起きても「我、関せず」な環境ですよ、

と教えてくれてるような所に思えるからです。

 

若いママが心配していることもわかります。

この昨今ですから。

幼い子どもがいろんな事件に巻き込まれ、命を落としていますから。

 

しかし

「知らない人に挨拶されたら逃げる」

果たして、この教えは子どもの命や安全をまもるために、本当に有効な手立てなのでしょうか?

ちょっと、短絡的すぎます。

実際、自分が知っている人の数より、世の中、知らない人の数のほうがずっと多いのです。

 

また

年配の方が主張される「意見」の背後にある気持ちは、わからなくもない…

ですが…

 

「あいさつをしても返ってこなくて、気分が悪かったから、マンション内での挨拶はやめる」

これまた、少し感情的に走りすぎていらっしゃるような気がしてなりません。

 

===================================

 

わたしたち自身が、安心して、気持ちよく暮らしていくために、なにができるのでしょうか?

 

わたしが長年関わってきたCAP(Child Assault Prevention 子ども暴力防止)という

「暴力防止」がテーマの教育プログラムでも、

子どもが(あるいは、結局は大人にとっても)自分の命や安全を守るために、教えていることがあります。

 

  ・「知らない人」には、自分の名前、家がどこか、家族のことなど、言わない。

 

  ・「知らない人」の多くは、いい人だけれども、

   それでも自分が、このひとヘンだな、怖いなと感じたら、

   「知らない人」とは一定の物理的に距離をとる。

   みだりに近づかないことで、逃げようと思えば、すぐに逃げられるから。

 

  ・ある一定の距離をとっていても、挨拶はできる。

   (挨拶もしてはいけない…と伝えているわけではないのです)

   しかし、もし仮にやっぱり、知らない人だし、このひとヘンだな、怖いなと感じたら、

   無理やり挨拶をしなくてもいい。

 

と、伝えています。

 

このようにお話すると、CAPの大人向けセミナーでは、ときおり

「そんなことをしていたら、挨拶もできない、しつけのなっていない子どもに、なりませんか。

挨拶されても返さない子ども、って失礼な子どもですよね」

 

と意見をいただくことがあります。

わたしたちはそのとき、こんな風にお伝えします。

 

「大人でも、初対面の知らない人にいきなり近距離に寄ってこられたら、

ちょっとヘンだな、とか怖いな、とか感じませんか?

 

身体の小さな子どもたちが、いきなり自分たちより大きな大人に近づかれると、

大人が思うより以上に、近づかれたように感じ、威圧感を感じ、不安になります。」

 

人間関係を作っていくために、挨拶は大切です。

しかし、安心・安全のないところに、人間関係は作られません。

大人でも「この人は自分にとって、安心だ、安全だ」と感じられ、思えてはじめて、

近づいていくことができるはずです。

 

地域の大人が、子どもたちを地域で守る、という目線に立っていただくなら、

まずは、挨拶をしない子ども=失礼な子ども、ということではなくて、

子ども自身(相手)が安心だと思える関係作り、環境作りから、と思うのです。

 

たとえ、最初は子どもは挨拶を返してくれなくても、

いつも出逢う、おじいちゃん、おばあちゃん、おじちゃん、おばちゃんが、

にこやかに挨拶をしてくれる。

 

無理に近づいてくるわけではないけれど、(大人が)挨拶はちゃんとしてくれる。

 

子どもにとって、最初は「(その大人は)知らないひと」かもしれないけれど、

どうも「挨拶」くらいはしてもいいかな、あの人は、怖いひとではないらしい。

 

そんなところから、

少しずつ、ご近所さんとの繋がりができてくると思うのです。

 

子どもから挨拶が返ってこなくても(無視されたら、悲しいし、ムッともするでしょうが…)、

「そんなことなら、挨拶は不要だ!近ごろは挨拶もできない子どもばかり!親のしつけは一体どうなっている!」

と、キレないでいただきたい…

 

結局は、挨拶もしない住環境を作ることは、

そのこと自体が、そこに住む自分自身に返ってくるのだと思います。

高齢になって、部屋で倒れていても長期間、誰からも気づかれない…孤独死している。

そんなことにも、なりかねません。

 

===================================

 

一方で、【自分の命や安全を守る】という意味では、

ヘンだな、怖いな、と感じる感性が大事です。

 

知らない人には、自分のことは話さなくていい、物理的な、距離をとっておこうね、

なによりも、子どもが「知らないひと」に出逢って、ヘンだな、怖いな、と感じたら、

愛想よくしなくていいし、話さなくていいし、その場からすぐに逃げるんだよ、

と教えることは、有効だと思います。

 

子どもに「知らないひとに挨拶されたら、逃げる」という短絡的な教えでは、

子どもの命や安全をまもるために、有効ではないと思います。

 

親はずっと子どもの後をついていくことはできません。

ひとが自分で自分を守るために欠かせないのが、

自分自身の感性(ヘンだ、怖い、これは嫌だ)なのです。

これは、子どもだけではなくて、大人にとっても同様です。

 

そして、自分たちの住む環境の安心・安全作りをめざすなら、

まずは大人から、親からご近所さんと「挨拶から繋がる」って、いうのが大切だと思うのです。

(大人の場合は、そこがどうしても安心・安全じゃない、と思えば、引越しもできます)

 

ネット社会である昨今、便利なことも増えましたが、

リアルなレベルでの、豊かで安心して生きるための人間関係作りが、

本当に問われている世の中だと、思います。








2017/01/30

                     旧暦新年2日目(1/29)の朝 



昨日は、今年2017年初の【ボイスアートグループレッスン@なら】でした。

 

遠くから来てくださった方、ボイスアートは初体験の方、継続で受けてくださっている方など、

みなさんで基本の呼吸法(おじぎ呼吸法、ため息呼吸法、ハー声呼吸法)を行ったり、

声を使ったワーク(笑いのワーク、釣り糸とばし、あわうた)を行ったりで、賑やかに行いました。

 

遠くから参加していただいたみなさま、回を重ねて参加してくださっているみなさま、

今回も濃くも豊かに、ご一緒していただき、ありがとうございました。

 

わたし自身もあらためて学ぶところも多く、

豊かなギフトをたくさんいただいたように思います。

 

みなさんと一緒に、ワークを進めながら、

呼吸を通して「自分自身(自分軸)に還る」ということが

どういうことなのか、再確認した時間でした。

 

「ボイスアート」と言うので、「声(ボイス)」のレッスンかとイメージされる方は多いのですが、

声の大元は息である、この視点も重ねてお伝えしておきたいことでした。

 

呼吸することは、自分以外のほかのだれもできない。

その呼吸を通して、自分が生かされて今ここにいる、ということ。

この事実は、どんな人であっても紛れもなく等しくそうなのだ、ということ。

 

自分の呼吸(「息の道」)を聴き、いい意味で「からっぽ」になって、

自分自身の「息の道」を通るところから始めてこそ、

一人ひとりのこの世で生きている意味や、

この世で自分に与えられた「課題」に取り組むことができる、ということ。

 

わたし自身も、ボイスアートを実践しながら、日々それらのことに取り組んでいます。



 ♡ 参加者さんの感想 ♡

 

・はじめて参加させていただきました。

 「ボイスアートってなんだろう?」と、以前から気になっていました。

 今日はご一緒できて、自分の呼吸や息に意識を集中してみる体験ができました。

 

・過緊張や不安感に悩まされ、疲れきっていますが、元気になれそうです。

 

・声をよくするレッスンかと思っていたら、「息」=「自」+「心」の通り、

 ひとに伝えるための声ではなく、自分に向ける声(息)の音を聴きました。

 リラックスしたのか、眠気が心地よいです。

 

・自分の中の不安、恐怖に気づけてよかったです。

 帰宅してから、もう一度レッスンをして、ちゃんと受け止めようと思います。

 

・いいリラックス効果がでました。ホッとしました。

 また機会があれば、参加したいと思います。

 

・「人にあわさない」それでいて「人と一緒にいても気持ちいい時間」を持てました。

 

・よい運動になりました。結構、息をするとお腹が減るものですね。

 

・前回のため息呼吸では「今までため息をついてはいけない」と思っていた自分がいて、

 「あの時もこの時も、ため息をつきたかった」と気づきました。

 今回は「ため息を今つく自分も(ついてこなかった自分も)《わたし》だ」と思い、

 気持ちがスッキリしました。

 

・最近《あわうた》を知る機会があって調べていたので、

 今日(あわうたに乗せて)声に出せてよかったです。(そのタイミングに驚いています。)

 

・視界がすっきりした。丁寧な進め方がよかったと思いました。

 

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次回以降(2月、3月)の【ボイスアートグループレッスン@なら】は...

 

 

■日時 第48回 2017年 2月 26日(日)13:30〜15:30

      第49回 2017年 3月 26日(日)13:30〜15:30

    

■場所   奈良県文化会館・和室「かすが」(2月26日)、ギャラリーと学びの町屋「月眠」(3月26日)

 

■受講料 2500円(1回)  ※初級コース(6回)への振替できます

 

 

です。みなさまのご参加をお待ちしております。












 





2017/01/19





本日はボイスアートのグループセッションに参加していて、

 

次のような話になりました。



自分が「からっぽ」の状態で、喜びにあるとき、

 

たとえ他人のことであっても、本当に心から喜ぶことができます。

 

それは言い換えると、

 

他人の喜びを、自分の喜びのように喜ぶことができる、ということです。



そうでないときは、

 

「おめでとう」という言葉を口にしていても、心の底では、

 

他人の喜びを、どこか羨んでみたり、心底喜べない...そんなことになります。



つまり、自分の心のどこかに「からっぽ」になりきれないなにか、

 

例えば執着であったり、比較であったり、欲であったり、そんな何かがあるとき。



「からっぽ」の世界とは、

 

つまり、自分よりほかの他者や外界に囚われない「静寂」の世界。

 

自分の心のうちにあるものです。

 

満たされ、静かで、喜びに満ちた世界なのです。



その世界にいて、また他者の喜びを我がことと同じに喜ぶ...

 

それはまるで、お祝いや祝福をしているようだね、という話になったのです。



そして、祝い合う...そんな風にいるひとのことを、

 

「いわいびと」と呼んでは?という話になったのでした。



「いわいびと」というと、《斎人》《忌人》と漢字をあてて、

 

神職を司る人のこと、と出てきます。

 

他者の喜びを我がことと同じに喜び、祝い合っている、

 

そのことは、神職を司る人があげる祝詞(のりと)のようでもあります。



そのような「いわう」言葉の持つエネルギーは、

 

世界を静かで、喜びに満ちたものに包んでくれそうです。



いわいびと...本来の意味とは違うかもしれませんが、

 

なんだかステキな響きの言葉だな、と思ったことでした。







 

 


2017/01/08

← 苦しい時の神頼み!?(笑)



みなさんは、今年お正月に、お参りをされましたか?

 

「今年は○○でありますように」と

きっといろんなお祈りをされたことと思います。



近年、これもわたしが出会ったひとつの学びに、

「気学」というものがあります。

 

先日、その講座でお話を伺っていたときに、

なるほどなぁ、と合点したことがありました。

 

 ある起こった出来事そのものは、

 良いこと、悪いこと、という捉え方はしないんです。

 

 一見「よくないこと」「上手くいかないこと」が起こっているように見えても、

 それだからこそ「上手くいっている」んです。

 

現状が「上手くいってない」ことこそ、「上手くいっている」

逆転の発想のようですが、

この、視点の転換って結構、大事な気がします。

 

上手くいかないからこそ、四苦八苦してでも、工夫する。

 

上手く万々歳で調子よく行っているときは、

案外、ひとは物事をそのままスルーで、

見ていないこと、見えていないこともたくさん、あるものです。

 

エジソンの名言に

 

 私は失敗したことがない。

  ただ、1万通りの、うまく行かない方法を見つけただけだ。

 

というものがあるようです。

 

上手くいかないからこそ、

得られるもの、学べることがたくさんあります。

 

上手くいってないなぁ、と思うときこそ、

自分の人生の「のびしろ」があるときかもしれません。

 

そうそう。

「気学」の学びの中で、もう1つ知ってよかったなぁ、と思うのは、

わたしを「応援してくれる」エネルギーに意識を開く、ということ。

 

エネルギー、って目に見えないものだから、

そんなの胡散臭い、と思われるかもしれませんが、

そもそも人も「気」を宿しています。

その状態を「元気」とか「病気」とか...そんな風に表しますよね。

 

いろんなところに、モノに、人に、

エネルギーはいろんな形で宿っているのです。

 

まず、自分の「気」を整えることはもちろん大切で、同時に

「わたしを応援してくれるエネルギー」ってどれだろう?と開いている意識が、

自分の「のびしろ」を更に伸ばしてくれて、「なりたい自分」への背中を押してくれるように思います。

 

ひとは生きていれば、いろんな人に出会い、いろんな出来事と遭遇するでしょう。

思ってもみなかったことや、思い通りにならないこともある。

 

自分がどんな「視点」で、あるいは「意識」で、物事や人と接するかで、

その後の自分の歩む人生の道や質、流れが大きく変わってくると思うのです。

 

「過去と他人は変えられない」けれど、

自分の「視点」や「意識」は変えていくことができます。

 

わたし自身がハッピーで、喜びと元気に満ちて生きていけるような、

「幸せメガネ」をもって、この世界を眺めて生きたいです。

























2017/01/05

 

 

昨年「電話相談研修」を受けたときに、講師の先生が

「最大の’励まし’は、’十分に聴くこと’」と言われました。

 

わたしは長年、CAP(Child Assault Prevention 子ども暴力防止活動)に関わってきましたが、

その活動の中でも「相談する」ことの大切さを伝えています。

 

ひとが問題を抱えて、悩み、苦しみ、辛さでいっぱい一杯のとき、

まずはただただ、そのあなたの気持ちを聴いてくれるひとに出会えるか、出会えないか、

という分岐点はとても大きいこと。

 

ただ自分の話を「聴いてくれる」ひとに出会えた、

そのことで、その後の人生が大きく変わることもあるのです!

 

そしてもしかしたら、’十分に聴く’というのは、

ただ苦しんでいる人のそばに、そっと佇み、居るということ、かもしれません...



’十分に聴く’...

たかが「聴く」だけのことじゃないか、と思われる方もいるかもしれませんが、

されど「聴く」なのです。

 

  親子、夫婦、恋人...など、とても心理的な距離が近い関係性の場合、逆に「ただ聴く」がとても難しい場合もあります。

 「わたしには《聴きあえる(あるいは、そうあろうと心がけている)》人間関係が身近にある」と言えるひとは、とても素晴らしいことです!

 

冒頭の講師の言葉にあるように’十分に聴くこと’

この’十分に’...というところがミソでして(笑)

 

カウンセラーたるもの、この「聴く」を仕事にしていますから、

「十分に聴く」ことができるように、日々研鑽しているわけです。

 

「聴いてもらう」ことの効用

それは、行き詰まって鬱積したエネルギーが、

話して、ただ聴いてもらえることで、流れます、少し心がゆるみ、ほっとします。

 

苦しくて、辛い気持ちが少しゆるんで、安心します。

すると

自分の目の前に横たわった問題と、自分がどう関わろうか、

少しずつ距離が取れるようになり、客観的に眺めることができるようになります。

自分がどうしたいのか、どうしたらいいのか、その道を「選ぶ」ことができるようになります。

 

「聴く」ことの効用

「聴く」ことの’効用’という言葉遣いに、実は少し抵抗があります。

この「聴く」には、聴く人の’意志’が必要だからです。

 

そしてこの’意志’の大元は、

聴く人の「愛情」「思いやり」なんだと思います。

 

 「聴こうとする’意志’」「愛情」「思いやり」についてはとても根本的で大切なこと、ボイスアートを通じて学びました。

 

それは「他人の話を聴いてあげれば、自分にとってこんな効用があるから聴いてあげる」というような、

自分にとって利することを期待して行うことでは、決してないからです。

 

親子や夫婦、あるいは恋人など、とても心理的に身近な人間関係の場合、

「ただ聴く」が難しい、と申し上げましたが、

一番難しいのは「自分」に対してかもしれません。

 

「聴(き)く」は「聴(ゆる)し」

 

ただ「今あるがまま」を感じることを、聴(ゆる)し、

ただ「今ここ」はこうなんだと、みとめること。

 

そして

聴(ゆる)しは、究極の「愛」「思いやり」なんだとわたしは思います。



















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