*あなたがあなたらしくあるために、《ボイスアート》で「自分軸」を育てよう*
*あなたの心とからだの健康を全力で応援します*
*人間関係、トラウマ、セクシャルマイノリティ、性格、キャリア...など*
奈良県大和郡山市(JR郡山駅すぐ)
  1. こころ。ほっと。かふぇ。
 

こころ。ほっと。かふぇ。


 

 

わたしの日々のこと気になったことなど気ままにおしゃべり感覚で綴るページです。







2017/04/11

 

3月にパステル和アートの体験をいただいたKさん。

 

準インストラクター養成講座を受講いただくことになりました。

昨日は、第1回目。

 

「絵を鑑賞することは好きだけれど、

自分が表現すること、絵を描くことなんて、芸術なんて絶対ムリ!って思ってました」

とおっしゃるKさん。

 

そもそもはテレビ番組で、パステルで絵を描いているところを観て、

これなら自分にもできそう…って思われて、たまたま当ルームの講座に行き当たったそう。

これもご縁ですね。

 

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当ルームでは、パステル和アートで絵の描き方を学び、楽しむとともに、

描きながら、描くひとが「ご自身そのものとの出逢い」の時間になるように、

サポートをさせていただけることを、目指しています。

 

’芸術’として、その時代の世の中に評価されるものとして、

どんな評価をもらうのか、そこが勝負、確かにそんな領域はあります。

例えばゴッホは現代でこそ、その作品にはものすごい値がつきますし、

高い評価を得ている芸術家です。

 

しかし

彼が存命のときはその評価は低いものでした。

 

ゴッホは自分自身の生きる道として、他でもない自分自身の表現として、

描くという方法が持てていたことからこそ、

生きることができたのではないかとわたしは思います。

 

人によってその表現方法は様々でしょうが、

わたしはその人の生き様そのものが、表現だし、アートだと、常日頃そう思っています。

 

芸術療法、アートセラピーという言葉があるように、

確かに’表現’することで、ひとにもたらすよい効果があるのです。

 

言葉での説明をしなくても、自分の表現したいように表現できるし、

心の中にたまったものを表現すると、心がスカッとして気持ちいいし、

’今まで気づかなかった部分の自分’にあらためて気がつき、そのことで自分が豊かになれる

 

この場合の’表現’は、他者の評価されるジャンルとは別物の、

まったくオンリーワンなそのひと独自のもの。

 

みんな違って、みんないい。

 

そういった種類のものなのです。

 

わたし自身、過去にそして現在、

絵を描くことで、自分自身が癒され、救われてきた経験があります。

 

それは

他者の評価を求めてする表現ではなくて、

自分のための、自分自身の表現をするという意識で、行ってきたことでした。

 

Kさんとの時間が、Kさん自身が今まで以上に豊かになっていかれるような

「希望と喜び」の種蒔きの時間になることを願って、これから進めていきたいと思っています。

 

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昨日は他に、四季の中の「春」「夏」をテーマに、

パステル和アートの手法も学びながら、描きました。

 

「春」

 



「夏」

 








2017/04/10

 

 

いろんな事情があって、一昨日やっと義母の納骨を終えた。

 

実は納骨に立ち会うのははじめてのことで、

今回、はじめてお墓の構造を知ったのだった。

 

地域や従う宗教の流派によって、そのスタイルも様々なのかもしれないが、

ウチの場合は、墓石屋さんから「土に還る素材で’納骨袋’を縫うように」との指示があり、

そのようにさせていただいた。

 

墓地は町中にあり、便利はとてもいいし、

普段は管理してくださる方がいるので、いつも綺麗に清掃されている。

 

義母の納骨のために、墓石を動かし、中が覗ける状態。

先に逝った方々のお骨はまだ土に還っていないものもあるけれど、

お墓の中は土が見えている。

 

町中の墓地なので、普段はそんなことを意識したこともなかったけれど、

大地に還る、土に還る…まさしくそうだな、と思った。

 

義母のお骨は納骨袋に収めて、

先に逝った方々のお骨の上に、そっと埋葬させていただく。

 

折しも小雨がパラつきかけていた昼だったが、

お焼香をあげようと手を合わせる段になったら、ぴたりと雨が止んだのも、

まことに不思議なタイミングだった。

 

義母が逝ったのは穏やかな秋晴れの秋分だったが、

あの日の空をふと思い出したのだった。

お義母さん、安らかにおられますか。

 

納骨がすんで帰る道々、夫がポツリと言うのだ。

 

 − 自分が死んでから後のことは、

     いかに自分のことと言えども、自分ではできないことだな…

 

ほんとにその通り。

 

最近、つくづく思う。

自分の人生は、大きな流れの一部にしかすぎない。

けれども、身体という形をこの世に与えられて、

与えられた大きな流れの一部を、感謝と喜びを通して、わたしを生きること。

これが、この世に生まれたわたしの「意味」かな、と。

 

大きな流れの「筋」を通し、わたしを嗣ぐ者や次世代へとまた、

感謝と喜びの流れを滞ることなく作っていくことに、他ならないのではないか。

 

この大きな流れの中で、

ひとは「自分ができないこと」を自分を嗣ぐ者や、次世代に託す。

託すひとへの「思いやり」と「感謝」の気持ちとともに…。

 

こんな気持ちが、連鎖していけばいいな。

 

こんなことを考えた、4月8日。

桜も満開に近い納骨の日でした。





2017/04/04

 

わたしが一昨年、昨年と、四国遍路でご一緒させていただいた清水章代さん。

 

彼女は「身体表現者」というパフォーマーである。

と同時に、ある意味「言葉」にも関わっているひと。

 通’フーテンの座敷童 Torako’と名乗って、

全国どこでも飛んで行く、まことにオモロイおなごである。

 

彼女が主宰する

「からだを楽しみ活かすワーク Haptmai-m ハプトマイムワーク」に時おり参加して、

自分の身体を通して、自分と向き合い、自分に気づく時間をもらっている。

 

彼女は以前、古武道を学んでいたそうで、

そのときの師匠から、’身体の使い方’を徹底的に教わったらしい。

 ’身体の使い方’というのは、日頃の彼女の話から、

「’自分’という意識の置き所をどこに見つけるか、その見つけ方」と、わたしは勝手に理解している。

 

身体を動かすワークを受けながら、常々よく彼女がワーク中に言葉にするのは、

「’自分’を他所(他者)へ持っていかれないように」

「’自分’を俯瞰している眼」

ということ。

 

他にもあったかもしれないけど、

わたしがよく覚えているのは上の2つ。

(ごめんね、物覚えの悪い生徒です、笑)

 

’自分’が他所(他者)に持って行かれたり、

’自分’を俯瞰している眼が働かないと、

身体の動きがギクシャクして、自然じゃなくなる。

 

言葉にすると、なんのことやら全然わからないですね(苦笑)

どういうことなのか、興味を持った方は実際に、彼女のワークを受けてみてほしい。

 

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ところで

一昨日は参加者が少なかったのだけど、そんな日だからこその時間になった。

 

彼女は3.11のあと東北の大槌町の地域や人々に関わっていて、

その関わりから、産み出してきた方法なのかな。

 「kongensan」 (こんげんさん、根元さん?根源さん?)という自分カードリーディングセッションを行う。

 

一昨日はそのkongensanを体験してみた。

 

カードリーディングといっても、別に占いカードのように決まったカードがあるわけではない。

紙切れに、自分の中から出てきた言葉を書き出していく。

自分で書き連ねた言葉、それがカードになる。

 

それらのカードを並べてみたり、組み替えてみたり、

眺めてみたり、さらに新しい言葉を新しい紙片に書き付けて、自分の根元を探っていく。

「KJ法」というカードにアイデアや言葉を書き連ねながら、

概念や考え方やアイデアを整理していくブレーンストーミング法があるが、それに似ている。

 

章代さんは、座敷童子のように(笑)横にいて、

自分のカードリーディングをしているひとの見守り役である。

 

彼女自身も「自分を他所へ持っていかれない」ように「俯瞰」して

その場に居てくれる。

 

きっと彼女の居るスタイルというのは、

古武道とか、日頃彼女が自分の身体とのつきあい方や、

身体表現のなかで培ってきたもの、と大いに関係あるのだろうな…

 

だから

わたしが自分の中から出てくる言葉を、紙片に書き連ね、

話をしているその道筋とは違うところから、

急に「おっ!?」と思うような「問いかけ」が投げられる。

 

「問いかけ」というエサかもしれない。

彼女のエサの投げ方が、なかなかに絶妙なのだ(笑)

 

そのエサに食いつく魚は、また違う流れに乗る。

その流れのなかで、おっ!というようなものに出逢うことがある。

 

因みに

わたしは「’言葉’の役割」というところから始めたのだけど

 

・表面化

・そのひとの世界を浮き上がらせる

・’結果’とはその人が決めたとき

 

という拾い物をした。

 

多分、この拾い物は、

ひとりでは拾えないものなのだ。



上記の写真のように、

自分が思いついた言葉は紙片に書き留めて、視覚化しているから、

 

忘れ去られる、という心配がなく、安心していられる。

流れから外れて、違う流れに乗っても、

またもどってきたらいい。

一つの流れに固執しないから、自由だ。

 

頭の中にたまっている思考が外に表れて、頭の中がすっきりする。

 

思考の「穴掘り」をしない

言葉の渦に巻き込まれない

 

今回は体験30分の時間だったから、

あまり深くもぐった感じはなかったけれど、

kongensan体験は、身体を動かすワークと似た感じだった。

 

座敷童子・章代さんの自由な動きにつられて、

わたしも少し自由に、身体を動かせた…

そんな体感が残ったのでした。



章代ちゃん、ありがとうございました♪゜・*:.。. .。.:*・♪














2017/03/26

 

本日は、少人数でゆったりと開催させていただきました。

 

ボイスアート歴は長い方たちの参加でしたので、

細かい説明は省略して、まずは、基本呼吸法「おじぎ呼吸法」から。

 

ボイスアートで大切にしている「呼吸(息)」について、いろいろお話しながら、

あらためて「呼吸をして、天地と繋がる」「自分軸を整える」というのはどういうことか、

確認を行ないました。

 

さらに「ため息呼吸法」で眠くなり、

「ハー声呼吸法」で、静かに自分を整える。

 

「アホー」で天と繋がり、「バーカー」で大地と繋がるイメージ。

自分軸の「筒」をすっきり、お掃除。

 

自分の心や身体を整え、健康になる方法はいろいろありますが、

とにかく「アホー」ワークは、難しいことを考えることなく、

一瞬にして「空っぽ」になれるので、すっきりするには効果大のワークです。

 

みなさんと、いろいろシェアし合いながら、

あらためて思ったこと。

 

自分自身の内面に触れる、自分自身にづく

ということと

 

自分自身に閉じこもる

というのは

 

似ているようで、実は全然違うこと。

 

どのように違うことなのか、

というのは、また近日中にお伝えしたいと思うのですが、

 

いずれにせよ、

自分自身の内面に触れる、自分自身に気づ

というのは、

 

自分の心身の健康や成長に繋がることであります。

 

今日のワークショップの時間の最後は、

谷川俊太郎さんの「かっぱ」というコトバ遊びのような詩を使って、

とにかく声を出して、遊んでみました。

 

面白い詩なので、ご紹介しておきますね。

この記事を読まれているみなさんも、実際に声に出してみてくださいな。

 

ぱっかぱっか、と飛び跳ねるように、

音が飛び跳ねて、なんだかウキウキしてきますよ〜♪゜・*:.。. .。.:*・♪

 

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「かっぱ」                     谷川 俊太郎

 

かっぱかっぱらった かっぱらっぱかっぱらった

とってちってた

 

かっぱなっぱかった かっぱなっぱいっぱかった

かってきってくった



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今日もご参加いただき、ご一緒してくださったみなさま

ありがとうございました。



次回、次々回の予定は…

 

■日時 第50回 2017年 4月 23日(日)13:30〜15:30

      第51回 2017年 5月 28日(日)13:30〜15:30

     

■場所 (4/23) 奈良県文化会館・和室「かすが」

          (5/28) ギャラリーと学びの町家「月眠」(奈良市高畑町)

 

と、なっております。

 

どうぞ、タイミングの合う方、ボイスアートにご興味を持たれたかた、

お気軽にご参加くださいませ。

 

みなさまのお申し込みを、お待ち申し上げております。

 




(↑驚異的生命力を誇る、我が家の卓上を飾る白バラさん)




























2017/03/24

本日は、テレビのある番組でパステル和アートを観られたKさんが、

これならわたしにもできるかな…と興味をお持ちになって、

当ルームにお越しいただきました。

 

「絵を描くのは苦手」

「わたしは、絵を描けないんです」っておっしゃる方は多いです。

 

パステル和アートでは、パステルを削って粉にして、

指につけてくるくるくる…

絵を描く、というよりは、色で遊ぶという感じです。

 

誰かと比べて、上手く描けたかどうか…ではありません。

何点…というような評価もありません。

 

Kさんとは今日、はじめてお会いしましたが、

いろいろとお話をしながら、一緒にパステルを楽しみました。

 

パステルの扱い方を少し説明させていただいて、

まずは定番の「丸」から。

Kさんの「丸」です。





ハガキに春を…

 



豊かな大地に、苗木を植えるように。

豊かに育ちますように、と願いをこめて。

 

Kさんの若葉、とても深い緑で、エネルギーを感じます。

太陽の光を浴びて、大きく育て!

 

「芽ばえ」とタイトルを付けられました。

 



Kさんはご自身の近況をお話になりながら、

苗木の芽に、明るく光が当たる感じを表したかった、

とおっしゃいました。

なかなか美味しそうな大地の色が出たように、思います。



わたしの「丸」

タイトル「青と黄のデュエット」

 



タイトル「おしゃべり」




 

Kさんは、細かいことは苦手だけれど、

なにか創作活動がやってみたくてと、

パステルを体験しにこられました。

 

パステル和アートは、幼いお子さんからご高齢の方まで、

どなたでも気軽に、世界にただ一つのあなただけのオンリーワンなアートを、

楽しむことができます。

 

15cm四方の小さな世界の中で、

あなたがあなた自身と出逢い、あなただけのストーリーを、

パステルで描いていくことができます。

 

体験は約2時間で、2〜3枚(受講料 3000円)で受講できます。

 

また、もう少し体系的に学びたい方のために、

パステル和アート準インストラクター養成講座も、

おひとりから開講いたします。

 

詳しくは当ルームまで、お問い合わせください。













2017/03/21

 

昨日は、ボイスアートの考案者まやはるこさんを奈良にお迎えして、

【特別編・ボイスアートワークショップ1Day 〜 自分の息を聴く時間】を開催しました。

 

まやさんが、ご自分のボイスアートのワークショップでは繰り返し言われること

それは

食べることや排泄することと同様に、息(呼吸)をすることは、

ほかの誰でもないこの「わたし」にしかできないこと

 

息(呼吸)は「静寂の世界」からくる喜びと繋がっていて

「自分軸」そのものだということ…

 

昨日は、午前・午後の時間を通して、ゆったりと過ごしました。

 

「自分の息を聴く時間」を通して、

あらためて、「’自分軸’の息の道」を辿りながら、

自分の息は宝として、自らの呼吸を大切に扱うということを、

あらためて確認しました。

 

ボイスアートでは、生きている人なら誰でも行っている

息(呼吸)を通して、静かに自分の息や声を聴くことを楽しむ時間です。

 

ボイスアートでは、ウソのない正直な自分と楽しんでいく時間です。

コトバを使わな息や声は、草や木や風と同じですから、

ウソは存在しないのです…  (当日のテキストより)

 

 

 (ボイスアートマスターセラピスト まやはるこさん)

 

 

実は、静かに自分の息や声を聴くことを楽しんでいる…

このときほど、自分を大切に、自分自身に還っているときはないのです。

 

ひとは日々の生活の中で、いろいろ揺れ動きブレることもありますが、

そんなときこそ、静かに自分の息を聴く、

そんな時間をもって、ご自身の心を整えていただきたいものです。

それが、みなさまの身体と心の健康につながります。

 

午後は、ボイスアート体験が初めての方もおられましたので、

ボイスアートセラピーも体験していただきました。

 

お昼は会場の「月眠」さんの前にある『発酵薬膳料理 らふぁえろ』さんにて、

お野菜た〜っぷりのランチをいただきましたよ。

 

やっぱり、美味しいご飯は、心も美味しく豊かになりますねぇ…

こんな時間も外せませ〜ん♪゜・*:.。. .。.:*・♪

 

 

 

ボイスアート協会主催の1Dayのワークショップは初の試みでしたが、

これからもまた、折をみて静寂と豊かな一日を過ごすワークショップを開催できたら、

と密かに目論んでおります。





会場「月眠」さん近くの「瑜伽神社」の拝殿そばの梅の木。

開花はじまった桜もあるのに、日当たりの具合でしょうか、

まだ紅い蕾が膨らんでいるところでしたよ。



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今週末、3月26日(日)は月例の

【第49回 ボイスアートグループレッスン@なら】です。

まだ、お席があります。

 

どうぞ、春の奈良を楽しみがてら、

《わたし》を整え、楽しむ時間でご一緒いたしましょう!

 

 

お申し込みはコチラから。













2017/03/13

(↑丹倉神社の御神体の岩)

 

わたし的に濃い一週間でした。

 

週中は、ボイスアートの仲間たちと熊野1泊2日の旅。

熊野をガイドの須賀さんにご紹介いただきました。

 

なかなか、観光としては訪れることのない、

自然に囲まれた信仰熊野の場所をご案内いただいたり、

熊野の歴史についても色々お話を伺いました。

 

須賀さんは、熊野で福祉タクシーのお仕事をされながら、

観光熊野ではない、裏熊野の案内もしてくださいます。

(須賀さんのお仕事の模様は、コチラをクリック

 

(↑御神体の岩の前で、声による奉納)




(↑大馬神社の御神体の清滝)

 

 



こういった場所にご縁をいただくたびに、

この時間が叶っていることに、感謝と喜びをとても感じます。

 



(↑那智48滝の1つ、陰陽の滝)

 

奥深い信仰熊野の場を訪れることができて、

その場の空気や、時間や、昔からその地に住むひとたちが、

大切に守ってきたものに触れさせていただく…

 

わたしはなにか固有の宗教を信じているわけではありませんが、

とても神聖な大切なものに触れているように感じます。

 

いい意味でカラッぽになって、その場、その時間に、

感謝と思いやりを通す、ということ。

 

ひとが救われて行く道というのは、

ここにしかないのではないか、と思います。

 

そして、そのことと取り組む、という

「そのひとの覚悟」がなにより必要なのではないか、と。

その人自身が心から願わなければ、叶わないことなのですから。



そのあと、帰ってきてからの週末は、

「ゲシュタルト(百武正嗣)&フォーカシング(池見陽)のコラボワークショップ」に

参加させていただきました。

 

(↓宿泊先からの夕景)

 

ゲシュタルト療法もフォーカシングも、心理療法の場で使われるそれぞれのアプローチの方法がありますが、

自分と向き合うとき、自分自身の身体の声を大事にする、という点で一致しています。

 

このワークショップは、複数の参加者がともにグループで、

「個人のワーク」を分かち合いながら、学んでいきます。

 

わたし自身は、今回は自分個人のワークはできませんでしたが、

他の参加者さんの問題を、ゲシュタルトやフォーカシングならではの切り口で扱うその時間、

一緒にともにいて見ているだけでも、わたしの身体や心の中にもいろんな感じが湧きあがりました。

 

一緒に泣いたり、ちょっと苦しい感じがしたり、驚いたり、笑ったり、スカッとしたり、

そんな時間を過ごしていて、自分の中の自分と出逢う時間をいただきました。

 

「一番個人的な問題が、普遍的な問題だ」という言葉を、

2日間の最後に、池見先生が紹介されていました。

 

「その人の個人的問題」と見えることが、目の前で見せていただく「ワーク」を通して、

そうそうわたしにもそんなことがあるなぁ、と思ったり。

「自分の身体や心に起こる何か」は「自分が向き合う何か」と繋がっているのです。

 

 

もちろん、そのひとにとっての向き合うタイミングがありますし。

当然「向き合おう」というその人自身の意志覚悟がなければ、叶うことではありません。

 

時に、避けたい何か、あるいは身体に起こるその感覚…

それらと向き合うのは怖い感じもするし、勇気もいりますけれど。



実は、自分にとってマイナスだと思うことと向き合ってみること、

これこそが後のちの自分にとって「ギフト」になる。

これは、今のわたしは確信をもってそういうことができます。

 

そんな色々を感じるこの一週間でした。



(↑熊野の帰り道「橋杭岩」で。満月前の月)





















 

 




2017/02/28

 

春の足音が聞こえてきそうな陽射しを感じる毎日です。

 

写真↑はいつもギリギリセーフみたいなタイミングで登場していただいている

我が家のお雛さまです。

 

’転勤族’(今はこんな言葉はあまり使われないのでしょうか?)の家庭に育ったわたしに、

両親はこのようなお盆1つに乗るお雛さまを買ってくれました。

 

わたしが家庭を持った時に、わたしにいただきましたが、

それ以来、毎年いつも新暦3月3日ギリギリに登場して、

旧暦3月まで出ているお雛さまです。

 

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一昨日は、

月例2月の【ボイスアートグループレッスン@なら】を開催しました。

 

初参加の方もおられましたので、

ボイスアート独自の基本呼吸法を中心に、「アホー」の遠吠え遊びや、笑いのワーク、

そして最後は、工藤直子さんの「のはらうた」より『みんながうたう てんてんのうた』という詩を読んでみました。            

 

   *   *   *   *   *

 

もともと、「声」は「こころや身体」と関係ありそうだなぁ、というわたし自身の興味が、

7年前に出会ったボイスアートをもっと学んでみたい、と思ったきっかけでもありました。

 

最近は、

「声」のみならず「息(呼吸)」の状態に

あるいは

「息(呼吸)」する、というそのプロセスの途上に

 

その人自身の今の在り方が同時に表れるものだなぁ、

ということを非常に興味深く体験しています。

 

ボイスアートでは、

《他者に合わせない》で、《自分の息(呼吸)を丁寧に聴く》ということを

繰り返し、繰り返し、お伝えしています。

 

あまりにもあたり前すぎることなのですが、

自分が息(呼吸)することは、ほかの誰も代わって行うことはできません。

 

しかしながら、自分が自分の息(呼吸)をしている、ということを自覚して、

自分自身の《息の道》を辿っていくことで、

とてもシンプルに、とても明らかに、自分と向き合うことになるのです。

 

自分の息に耳を傾け、「自」分の「心」を聴くように、自分の「息」を聴くときに、

人によってはそれだけで涙が出てきたり、ということもあります。

 

また

なにか「息苦しさ」や「つっかえ」のようなもの、

あるいは「緊張」に気づくひともいるかもしれません。

 

あなた自身があなた自身の息を丁寧に聴くとき、

あなたに起こる様々なこと、あなた自身の《息の道》で出逢うさまざまな、...

ときには心地よさだけではなくて、居心地の悪さも、《本来のあなた》へと還る「扉」となります。

 

たとえ居心地の悪いもの、(どちらかというとネガティブな)さまざまな感情が浮上してきたとしても、

それらは決して「悪」ではありません。

 

ボイスアートというと「ボイストレーニングのようなものですか?」という質問はよく受けます。

その質問の根本には

  

  わたしはわたしらしく、緊張せずに話したい、歌いたい

  わたしはわたしらしく、表現してみたい

  わたしはわたしらしく、ありたい

 

きっとどんな人でも持っている、ひとの基本的な欲求が多分あるんだと思います。

 

「ボイストレーニングですか」と問われたら、わたしはこう答えます。

「トレーニングではありませんが、結果として同じような効果を得られることがあります」と。

 

実は、

トレーニング以上の、あるいは単に表現の技術が「上手になる」こと以上のことが、

ボイスアート、つまり《自分の息(呼吸)の道を辿る》ということにはある、とわたしは思っています。

 

もちろん表現の技術は「上手い」「下手」があったとしても、

「表現する」ということは、表現する「その人」自身、「その人がリアルに感じること」

つまり

「その人の生き様」を抜きにしては、なりたたないことだからです。

 

「そのひとが、その人の人生を生き(息)る」ということそのものが、

「その人が自分の人生をかけて表現しているアート」だから。

 

自分が本来、一体なにを目指して生きているのだろう?

そのことに気づくこと自体が、そのひとがそのひとらしく表現することに繋がっている

その先に「その人がその人らしく生きる道」が続いている、とわたしは思うのです。

 

   *   *   *   *   *

 

思わず、いろいろ語ってしまいましたが、

ボイスアートの時間では、あまり小難しいことは考えませんよ〜(笑)

 

リラックスしながら自分の息を聴く時間

そして

楽しく声遊びをしながら、自分のこころと身体を開放していく時間です゚♡゚



今月も、参加してくださったみなさま

わたしと一緒に遊んでくださって、ありがとうございました

♪゜・*:.。. .。.:*・♪



 

 ♡ 参加者さんの感想 ♡

 

今日はリラックス、あくびばかりでました

 

他人の話を聞いていて、ひとってそれぞれでおもしろいなって思いました

 

ボイスアートでリラックスしてから、詩を読んでみたら、うまく読めた気がします

 

初めのワーク(おじぎ呼吸法)で早くも身体がスーっと軽くなりました

 

重心がしっかりしたり、軸がシャキっとしたりして、気持ちよかったです

 

1週間、ずっとコールタールのように、真っ黒でドロンドロン、グダングダンにやさぐれた重い身体だったので、

 声や息を出すことで、身体の中に筒が通って、かなり軽くなりました。

 

 

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次回以降(3月、4月)の【ボイスアートグループレッスン@なら】は...

  

■日時  第49回 2017年 3月26日(日)13:30〜15:30

     第50回 2017年 4月23日(日)13:30〜15:30

    

■場所   ギャラリーと学びの町屋「月眠」(3月26日)、奈良県文化会館・和室「かすが」(4月23日)

 

■受講料 2500円(1回)  ※初級コース(6回)への振替できます

 

 

また、特別編【ボイスアートワークショップ〜自分の息を聴く時間】も開催されます。

 

■日時    2017年 3月 20日(祝) 10:00〜17:00

■場所      ギャラリーと学びの町屋「月眠」

■受講料 7000円(日本ボイスアート協会会員割引あり。ボイスアートワークショップに初参加で継続受講をご希望の方は、次回以降に割引特典あります)

■講師    まやはるこ(日本ボイスアート協会 ボイスアートマスターセラピスト)



です。

 

みなさまのふるってのご参加を、お待ちしております。



♪゜・*:.。. .。.:*・♪♪゜・*:.。. .。.:*・♪
























 





2017/02/20



何も知らない人が

 

一番いい

 

知っても忘れてしまった人が

 

一番いい

 

禅の話もいらぬ

 

念仏の話もいらぬ

 

ただお茶を飲みながら

 

鳥の声を聞いたり

 

行く雲を仰いだり

 

花の話などして帰ってゆく人が

 

一番いい

 

別れたあとがさわやかで

 

過ぎた時間が少しも惜しくない人が

 

一番いい

            (「一番いい人」 坂村真民)

 

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朗読の勉強を続けて、ずいぶんになります。

 

教材でいただくものの中に、

 

ときおり、とても素敵な言葉や文章に出逢うことがあります。

 

 

「過ぎた時間が少しも惜しくない人」

 

今日はこんな言葉に出逢って、なんかいいなぁ…って思いました。

 

知っても忘れてしまって、ただお茶を飲みながら、ただともに時間を過ごし、

 

別れたあとがさわやか。

 

あぁ、こんな生き方、素敵だなぁ...



ま、あと味にいろいろな味わいがあるのも、

 

また人生の醍醐味かもしれませんが。

 

でも、一番最期は「別れたあとがさわやか」

 

そんな風に終わりたい。

 

そう思ったことでした。











 

 


2017/02/06



今朝、なにげにネットを見ていたら、こんなツィート記事に出会いました。

 

【日本からあいさつが消えるかも!?とあるマンションの住人からの投稿が話題に・・・!!】


この記事の発端は、どうも昨年11月に神戸新聞に投稿された読者記事が、

きっかけのようです。

 

○「知らない人にあいさつされたら逃げるように教えているので、マンション内では

     あいさつをしないように決めてください」 (若いママ住人)

 

○「あいさつをしてもあいさつが返ってこないので気分が悪かった。お互いにやめましょう」(年配住人)

  

 で、どうもこのマンションでは、「理事会」でお互いの「意見が一致」したので、

「マンション内では挨拶をしない」という告知を出す、ということになったらしい。

 

う〜ん、なんとも言いがたし!

どこのマンションか知りませんが、もしこんな告知が掲示板に出ているマンションなら、

わたしなら、そこに住むことをためらうでしょう。

 

ここに住むと、隣でなにが起きても「我、関せず」な環境ですよ、

と教えてくれてるような所に思えるからです。

 

若いママが心配していることもわかります。

この昨今ですから。

幼い子どもがいろんな事件に巻き込まれ、命を落としていますから。

 

しかし

「知らない人に挨拶されたら逃げる」

果たして、この教えは子どもの命や安全をまもるために、本当に有効な手立てなのでしょうか?

ちょっと、短絡的すぎます。

実際、自分が知っている人の数より、世の中、知らない人の数のほうがずっと多いのです。

 

また

年配の方が主張される「意見」の背後にある気持ちは、わからなくもない…

ですが…

 

「あいさつをしても返ってこなくて、気分が悪かったから、マンション内での挨拶はやめる」

これまた、少し感情的に走りすぎていらっしゃるような気がしてなりません。

 

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わたしたち自身が、安心して、気持ちよく暮らしていくために、なにができるのでしょうか?

 

わたしが長年関わってきたCAP(Child Assault Prevention 子ども暴力防止)という

「暴力防止」がテーマの教育プログラムでも、

子どもが(あるいは、結局は大人にとっても)自分の命や安全を守るために、教えていることがあります。

 

  ・「知らない人」には、自分の名前、家がどこか、家族のことなど、言わない。

 

  ・「知らない人」の多くは、いい人だけれども、

   それでも自分が、このひとヘンだな、怖いなと感じたら、

   「知らない人」とは一定の物理的に距離をとる。

   みだりに近づかないことで、逃げようと思えば、すぐに逃げられるから。

 

  ・ある一定の距離をとっていても、挨拶はできる。

   (挨拶もしてはいけない…と伝えているわけではないのです)

   しかし、もし仮にやっぱり、知らない人だし、このひとヘンだな、怖いなと感じたら、

   無理やり挨拶をしなくてもいい。

 

と、伝えています。

 

このようにお話すると、CAPの大人向けセミナーでは、ときおり

「そんなことをしていたら、挨拶もできない、しつけのなっていない子どもに、なりませんか。

挨拶されても返さない子ども、って失礼な子どもですよね」

 

と意見をいただくことがあります。

わたしたちはそのとき、こんな風にお伝えします。

 

「大人でも、初対面の知らない人にいきなり近距離に寄ってこられたら、

ちょっとヘンだな、とか怖いな、とか感じませんか?

 

身体の小さな子どもたちが、いきなり自分たちより大きな大人に近づかれると、

大人が思うより以上に、近づかれたように感じ、威圧感を感じ、不安になります。」

 

人間関係を作っていくために、挨拶は大切です。

しかし、安心・安全のないところに、人間関係は作られません。

大人でも「この人は自分にとって、安心だ、安全だ」と感じられ、思えてはじめて、

近づいていくことができるはずです。

 

地域の大人が、子どもたちを地域で守る、という目線に立っていただくなら、

まずは、挨拶をしない子ども=失礼な子ども、ということではなくて、

子ども自身(相手)が安心だと思える関係作り、環境作りから、と思うのです。

 

たとえ、最初は子どもは挨拶を返してくれなくても、

いつも出逢う、おじいちゃん、おばあちゃん、おじちゃん、おばちゃんが、

にこやかに挨拶をしてくれる。

 

無理に近づいてくるわけではないけれど、(大人が)挨拶はちゃんとしてくれる。

 

子どもにとって、最初は「(その大人は)知らないひと」かもしれないけれど、

どうも「挨拶」くらいはしてもいいかな、あの人は、怖いひとではないらしい。

 

そんなところから、

少しずつ、ご近所さんとの繋がりができてくると思うのです。

 

子どもから挨拶が返ってこなくても(無視されたら、悲しいし、ムッともするでしょうが…)、

「そんなことなら、挨拶は不要だ!近ごろは挨拶もできない子どもばかり!親のしつけは一体どうなっている!」

と、キレないでいただきたい…

 

結局は、挨拶もしない住環境を作ることは、

そのこと自体が、そこに住む自分自身に返ってくるのだと思います。

高齢になって、部屋で倒れていても長期間、誰からも気づかれない…孤独死している。

そんなことにも、なりかねません。

 

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一方で、【自分の命や安全を守る】という意味では、

ヘンだな、怖いな、と感じる感性が大事です。

 

知らない人には、自分のことは話さなくていい、物理的な、距離をとっておこうね、

なによりも、子どもが「知らないひと」に出逢って、ヘンだな、怖いな、と感じたら、

愛想よくしなくていいし、話さなくていいし、その場からすぐに逃げるんだよ、

と教えることは、有効だと思います。

 

子どもに「知らないひとに挨拶されたら、逃げる」という短絡的な教えでは、

子どもの命や安全をまもるために、有効ではないと思います。

 

親はずっと子どもの後をついていくことはできません。

ひとが自分で自分を守るために欠かせないのが、

自分自身の感性(ヘンだ、怖い、これは嫌だ)なのです。

これは、子どもだけではなくて、大人にとっても同様です。

 

そして、自分たちの住む環境の安心・安全作りをめざすなら、

まずは大人から、親からご近所さんと「挨拶から繋がる」って、いうのが大切だと思うのです。

(大人の場合は、そこがどうしても安心・安全じゃない、と思えば、引越しもできます)

 

ネット社会である昨今、便利なことも増えましたが、

リアルなレベルでの、豊かで安心して生きるための人間関係作りが、

本当に問われている世の中だと、思います。







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