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奈良県大和郡山市(JR郡山駅すぐ)
  1. こころ。ほっと。かふぇ。
 

こころ。ほっと。かふぇ。


 

 

わたしの日々のこと気になったことなど気ままにおしゃべり感覚で綴るページです。







2017/01/19





本日はボイスアートのグループセッションに参加していて、

 

次のような話になりました。



自分が「からっぽ」の状態で、喜びにあるとき、

 

たとえ他人のことであっても、本当に心から喜ぶことができます。

 

それは言い換えると、

 

他人の喜びを、自分の喜びのように喜ぶことができる、ということです。



そうでないときは、

 

「おめでとう」という言葉を口にしていても、心の底では、

 

他人の喜びを、どこか羨んでみたり、心底喜べない...そんなことになります。



つまり、自分の心のどこかに「からっぽ」になりきれないなにか、

 

例えば執着であったり、比較であったり、欲であったり、そんな何かがあるとき。



「からっぽ」の世界とは、

 

つまり、自分よりほかの他者や外界に囚われない「静寂」の世界。

 

自分の心のうちにあるものです。

 

満たされ、静かで、喜びに満ちた世界なのです。



その世界にいて、また他者の喜びを我がことと同じに喜ぶ...

 

それはまるで、お祝いや祝福をしているようだね、という話になったのです。



そして、祝い合う...そんな風にいるひとのことを、

 

「いわいびと」と呼んでは?という話になったのでした。



「いわいびと」というと、《斎人》《忌人》と漢字をあてて、

 

神職を司る人のこと、と出てきます。

 

他者の喜びを我がことと同じに喜び、祝い合っている、

 

そのことは、神職を司る人があげる祝詞(のりと)のようでもあります。



そのような「いわう」言葉の持つエネルギーは、

 

世界を静かで、喜びに満ちたものに包んでくれそうです。



いわいびと...本来の意味とは違うかもしれませんが、

 

なんだかステキな響きの言葉だな、と思ったことでした。







 

 


2017/01/08

← 苦しい時の神頼み!?(笑)



みなさんは、今年お正月に、お参りをされましたか?

 

「今年は○○でありますように」と

きっといろんなお祈りをされたことと思います。



近年、これもわたしが出会ったひとつの学びに、

「気学」というものがあります。

 

先日、その講座でお話を伺っていたときに、

なるほどなぁ、と合点したことがありました。

 

 ある起こった出来事そのものは、

 良いこと、悪いこと、という捉え方はしないんです。

 

 一見「よくないこと」「上手くいかないこと」が起こっているように見えても、

 それだからこそ「上手くいっている」んです。

 

現状が「上手くいってない」ことこそ、「上手くいっている」

逆転の発想のようですが、

この、視点の転換って結構、大事な気がします。

 

上手くいかないからこそ、四苦八苦してでも、工夫する。

 

上手く万々歳で調子よく行っているときは、

案外、ひとは物事をそのままスルーで、

見ていないこと、見えていないこともたくさん、あるものです。

 

エジソンの名言に

 

 私は失敗したことがない。

  ただ、1万通りの、うまく行かない方法を見つけただけだ。

 

というものがあるようです。

 

上手くいかないからこそ、

得られるもの、学べることがたくさんあります。

 

上手くいってないなぁ、と思うときこそ、

自分の人生の「のびしろ」があるときかもしれません。

 

そうそう。

「気学」の学びの中で、もう1つ知ってよかったなぁ、と思うのは、

わたしを「応援してくれる」エネルギーに意識を開く、ということ。

 

エネルギー、って目に見えないものだから、

そんなの胡散臭い、と思われるかもしれませんが、

そもそも人も「気」を宿しています。

その状態を「元気」とか「病気」とか...そんな風に表しますよね。

 

いろんなところに、モノに、人に、

エネルギーはいろんな形で宿っているのです。

 

まず、自分の「気」を整えることはもちろん大切で、同時に

「わたしを応援してくれるエネルギー」ってどれだろう?と開いている意識が、

自分の「のびしろ」を更に伸ばしてくれて、「なりたい自分」への背中を押してくれるように思います。

 

ひとは生きていれば、いろんな人に出会い、いろんな出来事と遭遇するでしょう。

思ってもみなかったことや、思い通りにならないこともある。

 

自分がどんな「視点」で、あるいは「意識」で、物事や人と接するかで、

その後の自分の歩む人生の道や質、流れが大きく変わってくると思うのです。

 

「過去と他人は変えられない」けれど、

自分の「視点」や「意識」は変えていくことができます。

 

わたし自身がハッピーで、喜びと元気に満ちて生きていけるような、

「幸せメガネ」をもって、この世界を眺めて生きたいです。

























2017/01/05

 

 

昨年「電話相談研修」を受けたときに、講師の先生が

「最大の’励まし’は、’十分に聴くこと’」と言われました。

 

わたしは長年、CAP(Child Assault Prevention 子ども暴力防止活動)に関わってきましたが、

その活動の中でも「相談する」ことの大切さを伝えています。

 

ひとが問題を抱えて、悩み、苦しみ、辛さでいっぱい一杯のとき、

まずはただただ、そのあなたの気持ちを聴いてくれるひとに出会えるか、出会えないか、

という分岐点はとても大きいこと。

 

ただ自分の話を「聴いてくれる」ひとに出会えた、

そのことで、その後の人生が大きく変わることもあるのです!

 

そしてもしかしたら、’十分に聴く’というのは、

ただ苦しんでいる人のそばに、そっと佇み、居るということ、かもしれません...



’十分に聴く’...

たかが「聴く」だけのことじゃないか、と思われる方もいるかもしれませんが、

されど「聴く」なのです。

 

  親子、夫婦、恋人...など、とても心理的な距離が近い関係性の場合、逆に「ただ聴く」がとても難しい場合もあります。

 「わたしには《聴きあえる(あるいは、そうあろうと心がけている)》人間関係が身近にある」と言えるひとは、とても素晴らしいことです!

 

冒頭の講師の言葉にあるように’十分に聴くこと’

この’十分に’...というところがミソでして(笑)

 

カウンセラーたるもの、この「聴く」を仕事にしていますから、

「十分に聴く」ことができるように、日々研鑽しているわけです。

 

「聴いてもらう」ことの効用

それは、行き詰まって鬱積したエネルギーが、

話して、ただ聴いてもらえることで、流れます、少し心がゆるみ、ほっとします。

 

苦しくて、辛い気持ちが少しゆるんで、安心します。

すると

自分の目の前に横たわった問題と、自分がどう関わろうか、

少しずつ距離が取れるようになり、客観的に眺めることができるようになります。

自分がどうしたいのか、どうしたらいいのか、その道を「選ぶ」ことができるようになります。

 

「聴く」ことの効用

「聴く」ことの’効用’という言葉遣いに、実は少し抵抗があります。

この「聴く」には、聴く人の’意志’が必要だからです。

 

そしてこの’意志’の大元は、

聴く人の「愛情」「思いやり」なんだと思います。

 

 「聴こうとする’意志’」「愛情」「思いやり」についてはとても根本的で大切なこと、ボイスアートを通じて学びました。

 

それは「他人の話を聴いてあげれば、自分にとってこんな効用があるから聴いてあげる」というような、

自分にとって利することを期待して行うことでは、決してないからです。

 

親子や夫婦、あるいは恋人など、とても心理的に身近な人間関係の場合、

「ただ聴く」が難しい、と申し上げましたが、

一番難しいのは「自分」に対してかもしれません。

 

「聴(き)く」は「聴(ゆる)し」

 

ただ「今あるがまま」を感じることを、聴(ゆる)し、

ただ「今ここ」はこうなんだと、みとめること。

 

そして

聴(ゆる)しは、究極の「愛」「思いやり」なんだとわたしは思います。




















2017/01/01

 

あけましておめでとうございます。

今年のお正月は思いのほか、暖かく穏やかです。



近所の神社へ初詣でに参りましたら、

梅の花の蕾が膨らんでいました。

 



お恥ずかしい話ですが、近年知ったことです。

 

寺社などにお参りするときに、

あまり自分のお願いごとばかりをたくさんするものではない、と。

 

神社へお参りするときは、

謙虚に、空っぽになって、頭を下げ、

自分の名前、住所、そして「よろしくお願いいたします。ありがとうございます」

心の中で言うようにしています。

 

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若い頃から、

「○○が欲しいので、それが叶いますように」という、

自分の欲が先に立ったご挨拶の仕方をしていました(恥)

 

私だって生きているヒトだもの…神様にお願いしたいこともあるわい!

なんで神様にそれをお願いして悪いねん…なんて思っていたのですが、

最近は、それは順序が逆なんだなぁ、って気づくようになりました。



お参りするときは、自分自身のお願いごとをするよりも、

謙虚に、空っぽになって、頭を下げ、

自分の名前、住所、そして「よろしくお願いいたします。ありがとうございます」

と、心の中で言う…

 

不思議なんですが、これを心がけていたら、

最近なんだか、自分の心もちがとても清々しくて、穏やかになってきているように、思います。

近年、自分自身の心身の健康や元気にも繋がっていることを、実感しています。

 

(もちろん、自分自身のお願いごとも、神様は聞いてくださると思います。

 でも、あまり欲張らずに、一つだけ…ね♪)

 

本年も、カウンセリングルーム樹喜では、

カウンセリングやボイスアートの場を通じて、

みなさまの心と身体の健康、豊かさに、

大いに寄与できる働きをさせていただきたい、と願っております。

 

どうぞ、本年もよろしくお願い申し上げます。

















 







2016/12/28




今や、誰もが使う「LINE」アプリ。

 

便利な反面、なんだかいろいろとメンドくさいことも起こるのでしょうか。

友人とLINEでチャットをしていて、「既読」マークがつかないというトラブルがありました。

 

そのトラブルをどうやって対処したらいいのだろうと思い、

いろいろ「LINE 既読」でググっていると、

なんと!「《既読》をつけないためのアプリ」なんていうのがあるのを発見!

 

家族や友人との連絡や、コミュニケーションに「既読」が付くことで、

とりあえず、こちらの伝えたいこと、確認したいことは相手は読んでくれているんだ、

と確認できる便利なツールだと思っていた私にとって、

「《既読》をつけないためのアプリ」とは、なんとも不思議なものだなぁ、と思いました。

 

アプリの説明を読んでいると、

 

 「既読」表示機能は、送った側は「ああ、読まれたんだ」ということがわかり安心できる一方、

  受け手側にとっては「早く返事を送らなくては」という状況になることもある。

 「既読」と表示されているのになかなか相手から返事がこない場合、送り手もやきもきすることもあるだろう。

 

という状況回避のためだったり、

 

  メッセージを受け取った側からすれば、相手に「既読スルー」「既読無視」と勘違いされたくない、

  つまり返信を強制されているかのような心理的・時間的負担を感じてしまう側面もあります。

 

という状況回避のため。

 

あるいは、

  相手に知られずにメッセージをチラ見するため

 (↑どういった必要があって、チラ見しなければいけないのか、私にはよくわからないのですが、苦笑)

 

なんだか、昨今のSNSによるコミュニケーションは、

便利なんだか、不便なんだか、よくわかりませんね。

 

また、わたしはFBも利用しています。

そもそも、豊かな人と人との交流のために開発されたSNSのはずでしょうが、

 

ときおり

 「他人に嫌われないためのFBでの記事アップのコツ」

 

みたいな記事もあったりして、

実は「なんだかなぁ…」と思ってしまうわたしです。

 

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人間関係のなかで、自分がいて、相手がいる。

相手が、自分のことをどう思っているのか、とか、

自分の言動が相手にどう受け取られているのか、とか、

気になって当然だと、思います。

 

だからこそ

自分の言動が相手にどう受け取られているのか、そこを確認したり、

誤解があれば、そのことを率直に伝え合い、

コミュニケーションを通じて、お互いが理解していく。

 

それがコミュニケーション、関係を作るということだと、わたしは考えています。

 

しかし、昨今のSNSにおけるコミュニケーションは、

自分の伝えたいことを、「自分発信」「自分の主体性」のもとに行う、

あるいは「自分がなにを感じ、なにを考えているか」というより、

まず「他人」=「外」に、自分の意識が向いている。

 

自分がまずありき、ではなくて

 

「他人からどう見えるのか」

「他人に嫌われないために」

 

なんだか、この意識の方が先に立っているように、思えるのです。

 

もちろん、ネット(SNS)上での他人を不快にさせないエチケットというものはあります。

 

でも「他人を尊重してコミュニケーションする」ということと、

「他人に嫌われないようにコミュニケーションする」というのは別物だ

 

と、わたしは思うのです。

















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