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奈良県大和郡山市(JR郡山駅すぐ)
  1. セルフケアのために 〜こころの整理に役立つお話
 

セルフケアのために 〜こころの整理に役立つお話

2017/02/17 セルフケアのために 〜こころの整理に役立つお話

日々の心や身体の健康をセルフケアについて、みなさまのお役に立てたら幸いです。

 

○ 呼吸のこと

○ どんなふうに物事を捉えていけばいいか

○ 考え方の整理など

○ 心と健康に関するセミナーや講演会、ワークショップなどの情報



 

※ 田中圭一さんがこの本の出版に際して語った記事は、コチラ

 

辛い’うつ’から、どのようにして抜けていったか、

あるいは、’うつ’とどのようにつきあっているのか…

 

このコミックについては、ご存知の方も多いでしょう。

 

漫画家・田中圭一さんが自身の体験、

また、著名人を含む他の経験者の話をもとに、書かれたものです。

 

仕事柄、’うつヌケ’について、どんな風に描かれているのか興味があり、

たまたまこの本が、手元にやってきたので読んでみました。

 

ひとの数だけ、ひとの生き様があるわけですから、

一口に’うつ’と言っても、なにが原因なのか、どんな症状なのか、

あるいは、うつのヌケ方だってひとの数だけあると言えましょう。

 

漫画の最後に、こんなコマがあって、

なるほどね、と思えるコマを紹介します。

 

 






うつは「なる」ものじゃなくて、

誰の心の中にも「眠っている」もの

 

この考え方は、’うつ’を否定するのではなくて、

’うつ’は誰でもなるかもしれない、という前提ありきで、

いい感じだなと思います。

 

 

そして

「自分が好き、肯定されたい、必要とされたい」

この人間の本質に抗うと、心が弱る…

 

このことは、

きっとどんな人にとっても、そうなんだと思います。

 

 

そして

 

うつは心の風邪

というのはよく聞く言葉です。

 

多分、これはひどくこじらせてしまう前に、

心の声に気づいて、手当をしよう…

誰でもかかるかもしれないから…ということなのでしょう。

 

ある意味、そうとも言えますが、

本書ではこんなコマもありました。



 

このコマは、脚本家の一色伸幸さんが体験されたことで、

 

一色さんは、自分ではなんの思い当たる節も要因もなかったにも関わらず、

ある日、突然「風景から色が消えた」と言っておられます。

まさに、晴天の霹靂だったでしょう。

 

しかも

うつは放置しておくと、死に至る病なのだ、と。

 

そしてひとりの自死は、

明らかに周りの関係者に、大きな影響を与えます。

 

  ここの件(くだり)を読んでいたとき、ある本の記述を思い出しました。

    興味のある方は、本を読んでいただきたいのですが、

  死にたい…という「希死念慮」に至るのは、

  原始社会には意味のあった’絶望のプラグラム’が’誤作動’するからだ、という説です。

 

     ※「自殺の危機とカウンセリング」第1章『自殺とはなにか』(下園壮太著 金剛出版 2002年)




 

うつは、’心のガン’

 

だけども、

わたしたちはその’心のガン’に対して、打つ手はあります。



 

「自分を否定するものから遠ざかり、

 自分を肯定してくれるものに近づく」

 

基本はこれです。

 

逃げるが勝ち

なんて諺もあります。


褒めて育てよ

という言葉もあります。

 

ひとは健康な時は、自分自身のちからで、

「自分を否定するものから遠ざかり、

 自分を肯定してくれるものに近づく」

これができます。

 

多少の辛いこと、苦しいことがあっても、

自分の心身を守るために、

あるところや、ある関係から距離を置いたり、

自分自身を肯定的に捉えなおしたり、ということができます。

 

しかし

育ちやその後の人生経験の中で、否定体験があまりに強烈なものだったり、

あるいは、あまりに心と身体が弱りすぎて、

自分自身のちからで、自分自身を守ることが覚束無いときもあるのです。

 

自分自身のちからだけでは

「自分を否定するもの」と距離が取れない(離れられない)

「自分を肯定してくれるもの」に気がつかない

という状態になります。

 

そういうときは、

他人のちからや専門家のちからを借りることが、

必要になることもあるのです。

 

’うつ’は、

自分自身の心身に起きていることを、教えてくれているのです。

 

’うつ’にはならないに越したことはないかもしれないけれど、

’うつ’を通して、自分自身と向き合い、自分らしく生きるきっかけに、

なることもあるのです。 





 

 

 

 

 

 



























↑絵を描くモデルに、といただいたツワブキ、郵便局で期間プレゼントでもらった花ポットや、

旅先の道の駅で買った花ポットの花々が...なかなかに涼しげです。

 

カウンセリングには、いろんな方がいろんな悩みを抱えてこられます。

 

最近、来られているAさん。

あることに対して怖い、という訴えをされています。

 

先日、Aさんの「怖さ」についてお話をお聴きして、

はじめてわかったことがありました。

 

わたし自身の思い込みや、知らなさから、

Aさんの一言でおっしゃる「怖い」の背景に、

どんな「怖さ」があるのか、危うく見逃すところでした。

 

クライエントさんのことは、

クライエントさん自身に聞いてみないとわからない。

まさしく、それ!

 

カウンセラーは「聴く」を通して、

クライエントさんが自分の声が「聴く」ことができるように、

自分と向き合えるようにサポートする

 

自分自身の心の声と繋がって、

自分がこうしたい、こうしよう...と思った先に、

その方の進む道があるはずだからです。

 

Aさんはご自分の怖さを抱えながら、

その「怖さ」と向き合おう、という意思をお持ちです。

 

Aさんのお話をお聴きしていると、

行きつもどりつしながらも、

Aさんの「自分を生きようとするちから」を感じます。

 

そんなAさんの姿を見せていただいて、

ありがたいなぁ、とそんな気持ちになります。




 

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身体的、精神的、心理的な不調に陥ったとき、

それらの症状を緩和するために、

服薬などの医療的な処置が必要な場合や、助けになることも、確かにあります。

 

ただし、わたしはこんなふうに思います。

 

心や身体に表れること、症状、もっと広げて言えば、

出会う体験すらも、そのひと自身がこの世で向き合う’課題’として、

無意識のうちに、どこかで「それ」を選び、

あるいは「それ」に選ばれて、出会っているのでしょう。

 

 ※ここで1つ、申し添えておきたいのは、

  ひとが出会う体験(筆舌に尽くしがたい辛いものであった場合は、特に)が、

  仮に、そのひとのこの世で向き合う’課題’だとしても、

  それは決して「〈その人が悪いから〉〈その人に罪があるから〉そんな体験をするのだ」

  ということでは、決してありません。

 

自分の’課題’として、取り組むも取り組まないも、

そのひとの意思次第、自由なのです。

 

 

心身一如、という言葉があります。

 

ふだん、自分が「頭」で、

「こうすべき」とか「こうでなければならない」とか

「当然こうしかありえない」と考えていること、思い込んでいること...

 

これらは本当に、

あなた自身にとってあなたが安心して、心地よくいられることでしょうか?

 

頭で判断し、考えていることが、

ときに自分の心に背き、自分の身体に背いていることがあるのです。

 

心の声は、身体に表れます。

「症状」として表れることもあります。

 

心や身体に表れていることや「症状」は、

自分が本当は言いたいことだったりします。

 

心や身体に表れていることを無視したり、ないことにしたり、

むやみに「症状」を消すのではなくて、

それらと向き合う、それらの声に気づく、聴く...

 

そうすると、自分の取り組む’課題’に気付いたり、

自分が本当にしたいことや、自分のありたいあり方に気付いたり、

そんな道筋への入口にもなるのです。

 

今まで、気づかなかったこと、

気づこうとはしなかったことに触れるのは、

怖いことでもあります。

 

勇気ある行為です。

 

同時に、

喜びの存在である、本来の自分自身と出逢うこと

 

でもあります。

 

自分と向き合うとは

そういうことだと、わたしは思っています。

 

 

 




















自分の中に起こりがちな「評価モード」とどう、つきあうか。

 

  どうせ、わたしには才能がない…

  どうやったって、上手くいくはずがない…

  わたしは、ダメ...



こんなふうに、「わたし」に✖をつけてしまうクセ。

 

または

「こうある’べき’理想の形」を最初から描きすぎて、

こんなはずではない!のループにハマってしまう…

 

表現することにおいては、

「自分に対する(特にマイナス)評価モード」が発動すると、

こころも身体も、緊張し、萎縮してしまいます。

 

(すでにある’お手本’を見ながら描くときは、少し違ってくるかもしれませんが)

パステルの絵を描くことで言うと、

 

   ●最初から「完成形」を、頭の中で作り上げない

   なんとなくこんな風に…みたいな、自分の中で感じられる「なんとなく」を大切にします

 

    ●なんとなく自分の中で感じる…自分の「感じ」を丁寧に味わう

 

   特に途中、どんな風に描けばいいか迷ってしまう、あるいは、詰まってしまったら...

   一旦とまってみる(時間を置く)

 

 

   ●紙の向きを変えてみる(視点を変える)

   ↓向きを変えると、なんとなく見える「感じ」が変わりませんか?

 

 

 

 

そして

わたしを無心にして、気づきを促す言葉

(友人Jさんがよくこの問いかけの言葉をかけてくれて、いいなぁと思っているものです)

 

   この絵は今、どうなりたがっている?

 

 

「そんな!絵に問いかけたって、絵が答えてくれるのかなぁ?わからん〜」と言わずに、

1度、試してみてください。

 

特に最後の問いは、

「自分がなんとかしなくちゃ!」という気張りから、自分自身を自由にしてくれる

そんな働きがあるように思います。

 

コツはボンヤリと絵を眺めてみること。

 

また

くるりっと絵の向きを変えることで、

自分の中の感じ方が変わったり、見え方が変わります。

 

あ!次はここをこんなふうに描いてみようかなぁ、なんて

新たなアイディアが生まれてくることもあります。

 

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絵を描くことに限らず、

上に示した「評価モード」とつきあう…というより、

「評価モード」に掴まらないコツ、と言ったほうがいいでしょうか、

 

これは、

普段の自分に起きた体験と、どのようにつきあうか。

そんなコツにも、通じているように思います。

 

わたしが何とかしなくちゃ!」という自我を手放してみる ことで、

逆に物事がスムーズに動くこともあるなぁ、と実感している昨今です。



 向きを変えただけの同じ絵。あなたはそれぞれにどんな感じがしますか?

 








 

 

カウンセリングルーム樹喜

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